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2006年1月

2006年1月28日 (土)

夫との相性は?

きょうも寒い。でも、きょうもすてきな青空です。雲一つありません。部屋にこもって空をみあげていると、もうすぐ春ですねえぇ♪ と歌いたくなるくらいですね。 さて、きのうのつづきです。 彼女が夫ではない男性にいま恋をしているが、わたしの鑑定ではその彼は彼女に恋していない。 こういうケースはほとんどが現状の生活になにか強い不満をかかえています。そう指摘すると彼女は、鑑定時間の延長を依頼してきました。そして、「夫との相性をみてください」、ということになったのです。ああ、彼女はバランス感覚のよい人だ、とわかります。さすが九紫火星&三碧木星の組み合わせの性格だと実感できます。。。彼はあなたのことを格別の人とはおもっていない--と告げるとたいていの人は、不機嫌になってお帰りになります。ま、その気持ちもわからないではないのですが---。それはともかく、彼女はわたしの話を求めてくれています。 夫  本命星・九紫火星 月命星・六白金星 宿命宮・艮 妻  本命星・九紫火星 月命星・三碧木星 宿命宮・坤 う~ん、すごい。この二人の相性はドンピシャです。宿命宮をみてください。艮(北東)と坤(南西)、対角線上の真反対です。これはお互いに持っていないものを補い合える最強のカップルです。夫婦関係、恋人などの問題だけではなく、仕事、研究、友人などにおいてもこの組み合わせの相性はいいはずです。 では、なぜ彼女は強い不満をいだいているのか。 彼女の夫は、九紫火星と六白金星、というこれまたじつに強く激しい性格です。金属(金星)を火(火星)にいれた溶鉱炉のキャラクターですよ、この夫。しかし、しかし、この夫の気性はいま仕事に向かって一直線に燃えています。夫の星回りに「兌」とか「七赤」がついていると女性関係も視野において鑑定しますが、一瞬の霊視、で夫は仕事と断定できます。 つまり夫は仕事に一途に燃えるあまり、家庭内のことに無関心状態になっているのです。それが彼女の強いストレスの原因ですね。女性は子育て、夫の面倒、自分の仕事、舅や姑との関係、、、など八方に気配りしているのに。。。たしかにそうです。でも、もっと長く大きな視点に立てれば、この彼女の夫は「頼もしい男」の代表選手ともいえるのよね。いまとてつもなく変動している社会という大海で、あえなく沈没、漂流してゆく男性も多いのです。 あ、沈没、漂流がわるい、敗者と決まったわけでもわけではない、でも、それはまた別の項目で書きます。で、さて。 彼女は夫に自分のきもちを正直に伝えてはいません。なぜなら、”家庭をかえりみない夫がわるい”と、すべてを夫のせいにしてしまっているからです。言っても聞いてくれない、のだとはおもいます。そんな夫をおもいのままに操縦する奥さまは魔女になる、の秘法もあるのですが、身につけるには時間とお金がかかりますので、あえてすすめません。 いまは時間の経過に身をゆだねる。そういう時の時のすごしかたもあっていいとおもいますよ、その片想いの彼にこころが癒されるなら、いまは癒されておけばいい、でも、それは恋ではないわよ。夫以外の男性に恋ではない癒しをもらって、そして悠々と時の歩みに身をまかせる。これってオトナの女にしかできないことですね。 彼女は最後にこう言ってくれました。 「ガッカリしたけど、スッキリしました」 。。。。。。。。

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2006年1月27日 (金)

ミセスが夫以外の人に恋をした

凍てついた綿菓子みたいに、あちこちに張りついていた雪のつらなりと切れ切れの白いかたまりがやっと溶けてきました。裏通りや自宅の北側などに少々のこってはいます。が、肌を刺す寒気とはうらはらに空は青く晴れてもう春の空のようです。 と、淡いスカイブルーの服を着た女性がわたしの前にやってこられました。 「彼との恋の相性をみてほしいんです」と。 「まだ深い関係ではない。でも彼のことが頭からはなれない」 「毎日のように夢にまで彼が出てくる」 あ、いいわね、明るい話、もうすぐ春だものねえ、、と、でもでも瞬間に彼女の顔が真面目になりました。あ、これはきっと、道ならぬ恋、ということだわ、ね。案の定でした。彼女は30代前半で夫は2歳年上で子どもはかわいいさかりの幼稚園生です。相手は20代後半で独身。しかし、そのあの、恋というエモーションは時には一切の縛り、束縛、夫や子どもや家庭の束縛というあらゆる関係の関係という縛りをを引きちぎってでも、おもいもかけない行動をとらせます。縛り、束縛、そうです、実際はわたしたちはなにかの束縛なしでは生きてゆく実感をえられませんよね。 国の束縛、法律の束縛、親の束縛、学校の束縛、会社の束縛、~~あ、いやだわいやだわと愚痴っても、すべてを脱いですっぽんぽんにはなれませんね、わたしは。。身近には、ボクの国籍は天にあるのよにゃ、と晴天のはぐれ雲のごとしコメントでわたしの脳裏をかきまわしてくれる人(?)もいますが、それはさておき。お仕事です。九星気学鑑定です。 彼女の本命星は九紫火星、月命星は三碧木星、宿命宮は坤です。 男性の本命星は一白水星、月命星も一白水星、宿命宮は離です。 これをどう解釈するかは占者しだいでしょうが、いわゆる定説では、本命星が「火」と「水」の相克、相性はわるい、ということになります。みなさまお手持ちの暦にもそう書いてあるとおもいます。わたしの読みは、本命・月命・宿命をそれぞれの対比ではなく、まずは一気に並列で、つまりこのケースでは男性の性格をみます。宿命宮は離・「火」・ですから、内面には激しく燃える「火」を抱えています。 しかし、です。一白水星が二つ並んでいますね。一つなら、自分にこだわる人、自己集中力の強い人、とみますが、これが二つ並ぶとなると、生来、人を癒してしまうものを持っている人、と読みます。彼は天然癒し系、ですね。彼女はこの男性の天然癒しに癒されている。男性は決して彼女という特定の女性に恋のフェロモンを発しているわけではない--。つまり彼女の誤解、あるいは片想いなのです。いえ、片想いだから恋の価値が下がるというものではない。片想いの相手を引き寄せる運勢を発揮しているかどうか---。 幸か不幸か(幸だとおもいます)、九紫火星の典型のように彼女は、思いこみの強い性格で、良し悪しではなく、好き嫌いを物差しに情熱的になりますが、が、が、しかし三碧木星を持っているがゆえに抜群のバランス感覚をも持っているのです。つまり、彼女は現状では夫や子ども、家庭を捨てて(家族というシーソーの片方からいきなり飛び降りて)走るほど、あとは野となれ山となれの風雲の嵐でもいいわ、いくわよ、という気質ではないのです。 やれやれです。 (有楽町鑑定に出かけます。明日、夫との相性をテーマにつづきを書きます。ごめんなさい)

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2006年1月22日 (日)

雪だよ、2.26事件

きょうのタイトル。。「2・26事件」。。 歴史の一断片かもしれませんが、昭和11年2月26日、陸軍青年将校らが中心となっって決起したたクーデター事件(二日後に鎮圧・死刑16名)。。 おい、おい。どうしたの? 歴史とか社会問題に目覚めた、、、わけではありません。個人的な----あ、舟橋先生ご逝去のお悔やみ、不肖の弟子 (ホント、あなたが一番の不肖よ、と同期の友人に詰め寄られました) としては、返すお礼のことばもなく申し訳ございません。昨日、先生の葬儀がおこなわれました。生前のご意思で、読経も鎮魂歌も奉言もない、僧侶、牧師、神主のいない、まったく文字通りのおごそかでしめやかで温かみのある葬送の儀が、多くの関係者、ご家族、親戚、そして弟子たちに見守られて---いえ、見守られているのはこっちの側のような気がしました。東京にはめずらしく、どこもかしこもまっ白な雪景色のまっただなかで。 あ、わかった、雪、2.26事件の連想だな? 半分、ピンポ~ン、です。きのうの雪路をふらつきながら歩いていたとき、「2・26事件のときはね、兄(舟橋聖一・作家)といっしょに駅へ見にいったよ」と先生がおっしゃていたのを不意におもいだしたのでした。先生、15歳のころです。多感まっさかりの少年だったとおもいます。先生は旧制東京高等に進学も日本離脱亡命で朝鮮半島に上陸、しかし特高警察に逮捕され治安維持法違反で投獄されます。ま、安直なレッテル張りをすると、いわゆる極左のはしりですよね。長兄のお立場もあられたのか、舟橋聖一さんは舟橋家に泥をつけるのかとかんかんに怒って糾弾したそうです。 その兄舟橋聖一さんは日本の対米戦争敗戦の後に、弟、和郎先生の手をがっしり握って、「いままでのことは水に流してくれ」とおっしゃった。時局逆転で弟に復讐されては大変と和解を求められたのでした。先生があっさり応じたので、兄・聖一さんはしばらくは、だれを見ても握手をするクセがついてしまったのです。あんなこと、こんなこと、先生にはおりおり様々なお話をしていただきました。教授小林秀雄が先生に語った乃木将軍評価、菊池寛の秘書をしたが、給金を特別にはずんでくれた---あんな話、こんな話---。 きょう、わたしは、これから飯田橋駅ラムラで占いの鑑定に出かけます。ちょうど一週間前のおなじ日曜日に先生は逝去されました。あの日わたしは、先生が亡くなられた同時刻に、先生からのメッセージをたしかにいただいていました。ありがとうございます。駅へむかう雪路で自分の足音に聞き耳を立てていると、うれしいことに、いろんなことを、きのうもきょうも、おもいだせます。さて。

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2006年1月16日 (月)

舟橋和郎先生

昨夜の「共同通信」発訃報、朝刊掲載でご存じの方もおられるとおもいます。 舟橋和郎先生が不意に昨日なくなられました。 きょう月曜日の鑑定は、すみません、すべて休ませてください。 泣きたいときは何処で泣けばいいのですか、先生。 先生、ちょっと待ってください。いまからご自宅へ伺います。 。。。。。

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2006年1月11日 (水)

女は60からダンス、ダンス

うれしいお電話をいただきました。もうすぐ70歳に手のとどく女性からです。日本画の先生ですが、ご趣味は社交ダンスで、立ったまま脚は今でもスクッと頭の上へまっすぐに伸びます。一度あやかって真似をしようとしたら、ひっくり返るわ、腰の蝶つがいをたがえるわのていたらくのわたくしはまだ40台の”若いわねえ”(絵の先生コメント)です。 よかった、ありがとう、大成功よ(社交ダンス大会)、あなたはすごい、細木数子さんの上いける占い師になるわよ、がんばってね! 誉められると体温が5度!くらいあがりそうになります。冷え性をなおしてあげたいなら上手に誉めてあげるのが一番のグーですよ、とくにわたしのような単細胞タイプには効きますよ。あ、「細木数子さんの上」はともかく、でもこの日本画の先生は、有名になる前の細木数子さんをご存じなのですよ、いえそれはともかく、社交ダンス大会の話です。 じつはダンス大会を二週間前にしたころ、先生は「あーだめだわ。大会、自信がないのよ。不安で不安で夜も眠れなくて」と落ち込んでおられたのです。ちょっとしたダンスの失敗にもダンスがとても上手な先輩女性70歳代が手厳しい言葉と冷たい視線でいじめる。声をかけてもプイとあからさまに横をむいてしまう。なんで、そんなにいじめるのよ、とおもうと腹が立ってきて憎くなってくる。ああ、だめだわ、だめだわ、きょうの練習も失敗ばかりだった。 いやな先輩との相性をみてほしいの。 先生の依頼でした。九星気学でみると良くも悪くもない相性です。では、どうしたらいいのかが問題です。ま、普通のプロの占い師なら、過去と現状の判定をくだし、それ以上の深入りはさけます。こうしろ、ああしろ、とアドバイスしても大抵はしないし、しても間違ったやりかたになったりで、結局、あの占い師は当たらない、などと逆恨みされることが、ままあるからです。でもでも、わたしはおせっかいなのかしら。よくよく深入りしてしまいます。 そうだ、ハートマークの奇跡、を使おう。 ハートマークの奇跡については、まだ文章で詳細に書いてしまうと誤解を招きます。ハートマークの絵をたくみに配置してその人の不安の正体を引きずり出し。その不安を解き放って、結果としてその人の願望を叶えるいまのところ秘術(公開できる時期がくれば公開しますが、現状ではムリのようですのでごめんなさい。対面では実施しています)。 日本画のこの先生の場合は「○○○さん(いじめをしている人)にいじめてほしい」と無理矢理大きく書いてもらいました。もちろん先生はびっくりで、自分の書いた字に震えんばかりの恐怖心を示されました。しかし、その字句をハートマークを使ってパッケージしてゆくと急に先生の表情がゆるんできます。ハートマークの奇跡は不安と向き合うことで不安を取り去る効果は抜群です。(自己流にやっても、かまいませんが、不慣れな人は効果がないかもしれません) それでどうなったか。三日後にイジメ先輩がいじめをしなくなった。5日後ににこっと笑った。先生の体調が良くなってきた。ダンスのミスも減ってきた。そして、とうとう、ダンス大会の当日、先生、絶好調で、万雷の拍手をいただき、イジメ先輩も、ステキよステキよと言いながら先生を抱きしめてくれて、二人とも涙ぐんだくらい、とわたしに話しながらも涙ぐんでおられたのでした。で、あなたは----さんの上いくわよ、で、わたしの冷え性もなおるくらいのおめでたい初春になったのでした、ふっ。 結局、先生の絶不調の原因は、相手(イジメ先輩)への憎悪にあった、ということになります。特定の人を強く憎むと、その憎しみの波動は相手という生身の肉体を増幅器にしてしまい、数倍になってこちらにもどってきてしまうようです。その念の強さが強いほど自分の身心を呪縛してゆくことになりますよ、こわいですね、想いっていうものは。みなさんもきをつけてくださいませ、ね。それにしても、先生、元気になられたあげく、こんどは華麗にスパニッシュダンスを踊ってみたいそうです。

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2006年1月 5日 (木)

腰痛の原因

すらっとした体型でお顔はシャープな感じの仕事はてきぱきタイプ。髪はミディアムカット、半透明の小ぶりなファッションサングラスがお似合いのOL、34歳が、お友達と二人で鑑定処に来られました。 全方位方向音痴のわたしは現実社会適応能力という点では、最近のことばでいう下流(作家の高橋秀美さんがエッセイで”「私は下流」なら仕方がないが、「あなたは下流」とは言われたくない”と書いておられましたが、その下流)ですが、、そういう点では彼女はわたしよりもすぐれて実社会生活者です。その彼女の質問は、、 「体が心配です。腰が痛くて痛くて。椎間板を痛めて」 もちろん、わたしは占い師ですよ。整形外科医ではございません。でもでもこのところ、この手の患者さんというか相談者が増えています。たまたま恋の相談にみえたりした方が体の不調を訴えられたので、いい恋をしたけりゃあカラダ、カラダよ、と体調不調の原因をスピリチュアル的に見立ててあげたら、恋はさておきカラダが元気になって---などの事例が重なったせいかもしれないわ、ね。 質問を投げられたとき、その答えがストンと、まるで投手の直球を捕手が真正面でキャッチしたときのように、気持ちよくわかってしまうときがあります。ああ。怒っている、毎日イライラしていますね、怒りすぎかもしれない。と。彼女は、ファッショングラスの奥で目を丸くしました。図星でした。彼女は会社の部下たちの無能さに怒っているのです。こんなこともできないのか、ああ腹立たしい、ああグズ、ノロマ、それでよく平気でお給料もらえるわね、などなど。 以前に優秀な平社員だった人が管理職になった場合のひとつの典型例です。優秀な人はそうではない人が許せないのです。 しかし、怒っても怒るほどに、問題は複雑になって解決しない。で、さらに怒りが増す。そうした自らの怒りの累積が重く背中にのしかかってきます。やがてその重みに耐えるのがつらくなって痛みとなって顕現化します。むろんすべての腰痛がそうだとはいえませんが、彼女の場合はあきらかに怒りが腰を痛めていたのです。では、どうすればいいのか。 こういう場合は、怒りの正体を見据えます。いったい何に怒っているのか。わかりますよね。自分以外の他人、他者に怒っていますね。怒りというものはたいてい他者へ向かう感情ですよね。ここが肝心です。じつは、他人他者を自分のおもうままに動かしたい、操りたい、という自分の願望が叶わないから怒っているのです。でもでも、自己変革と他者変革、どちらがより可能性があるとおもいますか。そうです、自分のこともままならないのに、他人を変えようなんて、それこそ自己犠牲の権化じゃあないと、ちょっとムリです。 怒りを自分の中の自分に向けなさい。 そうです。現実社会適応力の高い人なら、この言葉を理解できるはずです。怒りという感情はとても大きなパワーを持っています。ですから、その大きなパワーを内部にむけると大きなパワーが自己増殖を開始し、さらなるパワーアップが行われます。自己のパワーアップこそ、現実適応者であって、さらに上流をめざす方たちにとっての必須条件ではないでしょうか。そうですよね。他者を怒っているヒマを自己のパワーアップに注ぐ。 彼女の顔つきが穏やかになってきました。賢明な彼女はわかってくれたのです。答えの本質をとらえてわかってもらえるなんて、わたしも、とってもうれしい、のです。 話題は一転して、「恋のほうはどうかしら?」と彼女。 わたしは即答です。「あ、だめだめ」。「だって、あなた”男”、しているもの」。「仕事で戦っているでしょう。だからぁ、男性相手の恋でも戦ってしまうのよ。女の恋は受け入れるのよ、挑んで行くのではなくて、受け入れるのよ、そっくり」。と、いうと彼女は、、 「うーん、わたし、女、女になってみます」 はたして明日の彼女の会社、こっそり覗いてみたいような気も、します。

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2006年1月 2日 (月)

私の歩く道、を占う

あけましておめでとうございます。ふつつか者ですが本年もよろしくお願いいたします。元旦、お昼前に家を出ます。ご近所の佐助稲荷神社さんと銭洗弁財天神社へ家族でお初詣に行ってまいりました(ミケちゃんは前夜からひとりで大晦日&初詣で朝帰りし、2階の本棚上のベッドで爆睡お留守番)。お稲荷さん境内は楓がきれいに色づいて「お正月紅葉」まっさかりでした。 本殿、本社、そして原始・磐お社、に参詣してからそのまま嶮しい山道をすこし登り稜線に抜けました。わたしの前を軽々と登ってゆくミスターXのあとを追いながら、そのときわたしはふいにわたしの存在そのものの有り様が周囲の自然の中に消えてしまったような錯覚に見舞われました。いっときです。気づいて我にもどったときです。脈絡もなく、わたしの歩く道はどこかしら、ここでいいのかしら、と息づかい荒くも立ち止まってしまいました。 わたしは弱点だらけの粗忽な人間です。正直に告白すれば、そしてわたしの前にもうしろにも誰もいなくなった、となるかもしれないくらい。そんなわたしですから、わたしの歩く道もまっすぐに平坦とは行かないのも当然しょうねえ。でも、でも、不思議なくらい昨年後半はまっすぐ一本道を歩いてきました。もちろん生来の方向音痴ですから当てずっぽうな部分も多かったはずですけれど、、 結果として、、新人占い師という道をまっすぐ歩いてきたとおもいます。わたしの生涯でこれほどまっすぐに歩いた記憶は、ございませんわ、ね。どうしてかしら? しばし考えてみました。自分の中心にむかって自分で問いを発してみる。ま、たいていは答えがみつからずに、がっかり、もっと賢く生まれたかったなどとそれこそ思念の方向を見失うのですが、ところがどっこい、うれしいことに、答えが返ってきたのです。 わたしは自分で選択した道を歩いたのではない。わたしは、占い師としてのわたしの前に日々あらわれたたくさんのお客さんが踏み固めてくれた道を歩いたのだった。 昨年、さまざまな質問がわたしに向かって発されました。わたしは答えました。プロの占い師ですから当然ですよね。その問いと答えがすなわち、わたしの歩く道の前照灯だった。そうおもえたら、急に目の前の現実の上り坂がなんとも美しく映えて 見えてきたのです。そうだ、今年もわたしはたくさんのお客さまが踏み固めてくれる道を歩こう。上を向きすぎてひっくり返らないように

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