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2006年7月13日 (木)

美智子皇后 失語症快復の一瞬

このブログ、ココログのサーバ・ニフティのメンテナンス(火~木)のため更新ができませんでした。ご迷惑をおかけいたしました。では、入りますね。ご静粛に。。。と緊張のわたし。。。 文藝春秋07年八月号で大宅賞作家の梯久美子(かけはしくみこ)さんが「美智子皇后と硫黄島 奇跡の祈り」という渾身のノンフィクション作品を発表されています。

平成5年10月20日、突然ことばの発声を失われた美智子さまが、翌6年2月12日、硫黄島のいくつかの場所で戦没者慰霊の祈りを奉られたあと、それこそ不意に「ご遺族の方たちは元気でおすごしですか」とことばを発せられた。

銀合歓の木木茂りゐるこの島に五十年(いそとせ)眠るみ魂(たま)かなしき 皇后が硫黄島で詠まれた御歌です。銀ネムは広辞苑には、熱帯アメリカ原産で日本では南西諸島や小笠原諸島で野生化、と記述されていますが、じつは硫黄島で斃れた約二万の日本兵の遺体を覆い隠すために米軍が上空から大量の銀ネムの種子を散布したのです。梯さんは死臭を消すためだったと記されています。  

慰霊地は今安らかに水をたたふ如何ばかり君ら水を欲(ほ)りけむ 戦没兵士への皇后のふかい悲しみの共有を感じる御歌と梯さんは書かれています。梯さんの文意にもおなじようなおくふかい悲しみの共鳴を感じて読む者のこころの底部の琴糸をふるわせます。ありがとうございます、梯久美子さま。 じつは硫黄島秘話はあの当時にわたし、ひろよの身近なお人に聞いてはいました。もっとびっくりというか、畏怖のお話もあって---美智子皇后が体調を壊されたきかっけは週刊誌による皇后バッシングと言われていたが、そうではない。本当は宮中祭祀での連続する不可知な出来事を目の当たりにされたショックからであった。天皇陛下が宙に浮かれた。

おマエさん見たのかと言われますと困ります。ここまでにしておきます。でも、わかる人にはわかりますので、わからない方は読まなかったことにしてくださいね。で、さらに、美智子皇后の失語症治癒は偶然ではなく、ある能力者の「硫黄島へ」という進言を実施した。つまり霊的(スピリチュアル)には快復は必然であった。

そんなことは科学的根拠のない非科学とおっしゃる人たちが間違っていると言いたいのではありません。わたしたちの暮らしでは一分一秒たりとも科学とは無縁ではおれません。科学のおかげで生きています。ありがとうございます。科学者の発見と営為努力でこの世は快適になってきました。これからもよろしくお願いします。 それを前提に科学とは離れた位置でわたしはこれを書いています。それを前提に上記の梯作品「美智子皇后と硫黄島 奇跡の祈り」に話を戻します。

著作では「斃れた兵士の悲しみへの皇后の悲しみ」によって皇后はこの時代の皇后たろうとされていると思うと結ばれています。 しかし、それだけではないのではないか、人の感情を代表するのは悲しみだけではない。よろこびもあった。皇后の硫黄島御歌の「かなしみ」は、じつは生命の全存在へのかなしみであったかもしれないが、兵士一人一人へ思いを馳せられたとしたら、それは一人一人への祈りにほかならなかった。ふかい祈りはけっして感情の共有や共感の地点でとどまらない。祈りがふかく広く果てのない無限の「かんしゃ(感謝)」として昇華されたとき、この世に生体という物体をもたないあの世戸籍の魂の兵士に祈りがたっします。

感謝であった、というスピリチュアルな傍証は、病状のご快復です。病状はふかい悲しみの共鳴ではざんねんながら治癒しないのです。平たく言えば、同情は同病を増やす。同情は病を感染させるのです。専門的になるのですぐに理解をしていただくことはないのですが、記憶のはしにでも止めて置いてくださいね。 美智子皇后の失語症が癒えたのは、斃れた兵士への「感謝の祈り」であった。ありがとうございます、と皇后さまにまで声をかけられた兵士たちのそのせつなのおもいが、悲しみであったとはわたしにはおもえないのです。そのひと言のおもい、ありがとうございますの皇后さまの祈りの一瞬、それはそれは多くの日本兵たちの魂がいっせいに天へ昇華してゆき、皇后の御身を救った。

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