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2006年11月

2006年11月29日 (水)

断食・成田新勝寺の朝ひかり

「母魔女」からの”心麗”(心霊)写真を早朝にキャッチしました。成田山新勝寺の朝です。夜明けです。癒しのひかりが輝いています。ここだけの話、母魔女は早起きは大の苦手です。普段はわたくし「X」、あるいはミケちゃんが起こすまで熟睡しています。じつは、さらにここだけの話、同行の断食導師も早起きは苦手のようですよおお。あは、ばらしてしまったじょおお、ま、いいか。でも、そのお二人が未明五時に起きて、11月末の朝五時は真っ暗ヶですのに、水浴びして、、わわわブルブル寒くないのか、朝ご飯もいただかないで(断食中)昇る朝陽をひたすら待ってお祈りするんだ。 ところで成田山の断食参籠にカメラやケイタイ類は一切持ち込み禁止です。持ち物検査もあるとか。じゃ、この写真はどうしたのか。そりゃあ蛇の道は蛇というものです。ふふふ。霊力者がその気になり---しかも、留守居の「X」は天然写真感光紙のようjな存在として生かされています。^^: いえ、あの、じつは・・・これ以上はヒミツのアッコちゃん(赤塚不二夫の漫画1962年連載開始。テレビアニメ化1969年、70年代に視聴率26%など大ヒット)。。笑って語らずです。 母魔女の断食は大拍手の二日をすぎ、三日目に入ったようです。じつは、ここだけの話、「母魔女」は断食行突入の早朝に風邪引きの突然の高熱に見舞われたのです!! ダウンです!! 参籠直前には成田山参道にある医院で健康診断をうけなければなりません。うわあ、たいへん、ここで返されては、ここまで来た甲斐がない。「ああ、まかせなさい」、豆腐屋さんに走ります。木綿か、きぬこしか、とにかくお豆腐一丁買って宿所にもどり、おでこに”一丁”を乗せたようです。そしてニッコリ笑います。「これで大丈夫よ」と、で、暫し、するとたちまち、すっかり元気に、それ以前より元気になったのですよおお、母魔女は、、、。どうも、世人には理解しがたいジャンルに生きておらられるようですね。 で、明日からこの成田山新勝寺断食祈念行に女性霊能力者の美人たちがつぎつぎ参入します。興味のある方、どうぞいしょに断食行に。あ、あ、わたくし「X」はきょうは鎌倉アルプスの山駆けハイキング鍛錬に行ってまいります。たっぷりご飯食べ、おやつ持って。 ミケちゃんは日なたでお昼寝をしていいます。 では、また。

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2006年11月27日 (月)

霊峰 富士山を眺める朝

写真は丹沢の鍋割山(なべわりさん)山頂からの遠望、いよ~日本一、きれいな富士山です。富士のお山の神さまは絶世の美女とうたわれた木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)さまですね。女性ですね。天照大神さまも女性ということになっています。日巫女(シナ大陸あて漢字・卑弥呼)も女性です。かぐや姫も女で(当たり前か)、、、でも、ふ~ん、日本昔話の主役おおどころは大抵が女性ですね。いにしえ日本人の結婚生活は、女の家に男が通いつづける通い結婚です。女性が主役なんです。ああ、そういえば、会社勤めの世のお父さんたち、妻や子のいるマイホームという住まいに”通っている”感覚がおありじゃないでしょうか。実家の会社からマイホームへ夜勤にお出かけ ^^); 世の奥さま、女性のみなさん、きょう夜、帰宅のお父さんに是非そういう感覚ではないか、どうかインタビューお願いします。。。 あ、どうも、このブログ執筆者様の臨時代理を仰せつかっております大きな子どもの「X」(ペケにあらずエックス)です。日巫女じゃない、せんとうひろよ、つまり「母魔女」は断食ごもりの旅に出かけました。あの美味しいもの大好きのお母様ですので、二日もって拍手、三日ももったら凄いことになりそうですよ、以後は霞だけ食べて生きていくわよ、あなたもよ!! わっ、やめてくえれぇ!! あ、どうも鬼がいない間の洗濯もどきでついついはしゃぐのが習いになっている「X」です。ご容赦ください。 写真(至る・小丸、訓練尾根)、遙かな霊峰をバックにリアルなご面相のお方は、F出版社のS様です。占いとか精神世界系にはあまりご興味はなさそうです。というよりは、おお、きょうも酒がうまいぞ~、酒なくて何のこの世か~、と呑めない体質の「X」に朗々とおっしゃる楽しいお方です。つまりこのブログに無断掲載されているなどとは全く気づかないタイプです。(気づいたら怒るでしょうねえええ)せめて両目に黒棒一本ひく目隠し処理をとおもいはしたのですが、ええい、ま、いいやぁ。処理したらかえって怪しい指名手配写真になりそうですので、ね。 おっと、話を富士山に戻します。------ むかし、むかし。高貴な眉目秀麗な男性幾人もが同時に、お一目惚れなさるくらいの、それはそれは美しい美しいお姫さまがおられました。 神々さままでもが、このお姫さまの元へ通ってきます。お姫さま、両手に花どころか、御身これびっしり愛のささやきの花々でいっぱいです。美しさにますます磨きがかかります。 過去、現在はもちろん、未来永劫にかけても唯一無二の絶世の美人と謳われました。 しかし、あるときこのお姫さまが不意に姿を消されました。 どこへ行かれたのか、男たちは主のいない姫の館の前でお泣きになられました。その涙で小川があふれたほどです。 じつはお姫さまは山に登られたのです。それも日本一美しい山、富士山に、たった一人で。(注・バスはありません、徒歩です)大きな山々は心をすなおにしてくれます。 「わたしは思い上がっていたわ。美しさは移ろうから、はかないから美しいのよね。美しさは決して長くはつづかない」 美しさは長くは続かないことをお姫さまは悟った。険しく危険な植物が自生していない月面世界のような急斜面を登りきると、富士の山頂です。その頂上へ剣を突き刺して、お姫さまは、さらなる高み、上へ上へ、天に登っていかれました。 その地が富士山の最高峰「剣ヶ峰」です。その後、姫は富士の神として祭られるようになったのです。そのお名前こそが「木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)さま」です。------------------ この夏八月、富士山に一合目から登った「母魔女」は、晩秋11月末のいま断食中。なんだか面白い一年です。では、また、、、と「母」の書き真似も板についてきました。では、また。

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2006年11月24日 (金)

藤原紀香さん祝・・でも、ご注意

九星気学ファンの方から、「藤原紀香と陣内智則、二人の婚約」を見て欲しいというご注文をいただきました。話題のカップルです。でも、紀香さんの年収は一億数千万円、お笑いタレントとして人気急上昇中の陣内さんは三千万以下です。年齢は紀香さんが三歳上で身長も紀香さんが三センチ上ですね。なにもかも紀香さんのほうがビッグです。 ノミの夫婦ですね。いえいえ文句をつけているのではありません。おめでたいことは大好きです。祝祝・お二人さま。さっそく九星宿命気学で占います。 (藤原紀香) 1971年6月28日生まれ本命星・二黒土星 月命星・七赤金星 宿命宮・離 空亡・午未 (陣内智則) 1974年2月22日生まれ本命星・八白土星 月命星・二黒土星 宿命宮・坤 空亡・辰巳 うわお~。^^ お二人の相性、いいですよ~。文句なしの星回りです。甘えん坊のくせに威張りたがりの陣内さんを紀香さんは上手におだてて可愛がることができます。あのグラマーで妖艶な紀香さんに、可愛がられるのです! う~ん、そんなことしたら男でなくても女でもだれでもメロメロというか幸福感たっぷりですよね~。 紀香さんの性格は、九星気学ではこう読みます・・注目を浴びることが好きですが、反面、目立ちたくないという思いが強くなるときもある。芸能活動というパブリックな仕事をしながら、プライベートな趣味を持つことで心のバランスをとってください。隠し事は苦手。陽性。 おなじく陣内さんの性格は・・のんびり屋さん。ま、いいか、と明るい。イヤなことがあっても心の中に納めて呑み込もうとする懐の深さがあります。しかし、年を経るにつれて甘えん坊のくせに威張りたがりになります。 母性的な彼女が彼をその母性でくるんでいくことがいついつまでもできれば幸せなままの二人です。大丈夫です。 結婚は来年2月までなら大吉。できるだけ早く結婚してください。2月以降は凶です。再来年2月以降なら再び吉に転じます。ただし、スピリチュアルなワンポイントアドバイス・・・突然の変化。。。。なにか思わぬ変化が紀香さんの家庭の側にありそうです。。。あわてず騒がず、逃げずに、二人で協力して対処してください。では、また。

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2006年11月22日 (水)

丸山健二『落雷の旅路』・牙に蛍・・・泣きました

図抜けて巨躯の山イノシシが一匹、村祭りたけなわの集落へ下りてゆきます。三ヶ月前まではイノシシ軍団数百頭を束ねていたイノシシです。大ボスの座をかけた戦いを挑むものはだれもいなかったのに彼はふいにみずから群れを去った。ときおり胸のなかに吹く空虚な風に耐えられなかったのだ。だから群れから去ってひとりになった。

しかし、、、やはり。 帰ってきた伝説の作家丸山健二氏短編集「落雷の旅路」(文藝春秋)のなかの”牙に蛍”がすごいです。すごい、などの月並み以下の形容詞では丸山健二氏に庭造りのスコップではたかれそうですが、すごいです。すごいスピリチュアル小説です。家で子ども「X」にあらすじを話そうとして感極まりひとり号泣しました。 イノシシはウリボウのときに孤児になって泣いていたら、やはり両親がいない幼女に拾われて、幼女の住む村の一軒家で暮らした。イノシシを飼うなどはもってのほかだが、村人は幼女の可哀想な境遇に目をつむった。村の祭りで可愛いウリボウと少女は幸福だった。金魚売りはウリボウに金魚三匹をくれた。獅子舞の開いた口が少女の頭を呑もうとしたらウリボウは果敢に獅子舞に突っこんだ。祭りのみんなが大笑いした。帰路のあぜ道は乱れ舞うたくさんの蛍の光で明るかった。

村には嫌われ者だが猟師としての腕はかつて存在したことはないくらい凄腕の天才猟師がいる。猟師の願望は巨大軍団を束ねていた巨躯イノシシを射倒すことだった。 小川に身を浸し、においを消し、村へ下りるイノシシ。少女がどこか遠くの施設に引き取られ一軒家がすでに廃屋になっていることもイノシシは承知していた。半ば倒壊している一軒家に入っていくイノシシの牙に蛍が一つ、光っている。廃屋のなかにかろうじて花柄の模様が残っている布団があった。その花柄の上で腹這いになって目を閉じたときイノシシの胸があたたたかいものに満たされる。空虚は消えた。そのまましばし眠ってしまう。 イノシシの牙の蛍の光がせわしく点滅した。イノシシが目を覚ますと猟師の銃口が正確に急所を狙っていた。イノシシはあわてない。逃げようともしない。猟師も撃たない。銃口を外し、廃屋の天井にむけて引き金を引く。そして、猟師は背を向けた。

最期の呼吸で牙にいた蛍はイノシシの口に吸い込まれ胸の風穴に入り、やがて、完全に命絶えた巨躯からふわっと抜け出た。しばらくゆらゆら飛び回り、それから天井の穴から天へ天へと昇ってゆき、天の川に消えた。

イノシシの魂が切望することは、ただひとつだった。あの少女のことばかりだった。

   美しく生き、幸福に死んでもらいたいという願いのみだった。

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::あらすじを書いてどうするのだとお怒りにならないでください。もちろんここに書いた以上の涙涙滂沱の箇所もたっぷりあります。同短編集には十の至極の短編が輯録されています。おもしろいです。と、作家の嫌う月並み形容を連発したくなるくらい、おもしろいです。

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2006年11月18日 (土)

神宮内宮 玉垣内へ特別参宮

お伊勢さんへの神恩報謝の旅からもどりました。いま、わたしの身になにが起きているのかは、わからない。けれど、過去のわたしではないのはわかります。いっこうになにも変わらないものを内包したままのわたしという耐えられない存在の軽さがただここにあるだけだとしても。 その軽くて小さな、そのものはなんですか。こみあげてくるものはなんですか。 たとえば内宮の玉砂利石の一つとして、足下で踏まれる歌を小声で歌いつづけるわたしという存在にわたしが気づきはじめているのかもしれません。 伊勢神宮内宮お正殿を参拝しました。通常は樹木鬱蒼の三十段ほどの階段を上がり一般拝殿御簾の前で二礼二拍一礼です。今回は神楽殿受付所で「特別参宮章」を頂きましたので御簾前で参拝後、一般拝殿左手前にある小さな南宿衛屋(みなみしゅくえいや・神官お一人座所)に申し出ます。その神官のご案内で立ち入り禁止の御垣入り口が開かれます。頭を垂れて塩と榊でお祓いをうけ、さらに外玉垣西御門より中重(なかのえ)に入り神官のお導きで特別正式参拝をさせていただきました。それより奥の玉垣内は天皇陛下のみ御領域です。 なぜわたしはここにいるのですか。なぜ涙がでるのですか。 どこからか、高天の原の祝詞が、伝わってきます。神域にひびきます。朗々と天の原へ声明は昇ります。身がほてってきます。あつい、あついのです。冷たい外気温なのに。こみあげてくるこのあついものはなんですか。 神さまがおわします。ここにたしかにおわします。 なぜ、わたしは、こうして、ここで、こうして頭を垂れていられるのでしょうか。わたしは誰ですか、わたしの歩く道はありますか。たれもなにも言いません。陽がのぼってきます。神路の山々が赤々と染まってゆきました。ああ、どこかでどなたかが、ああ、とお声を発せられたような気がします。畏くも、ああ、と。西行法師さまのお歌がよみがえります。 何ごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる         西行

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2006年11月14日 (火)

スピリチュアル・ジャーニー

あす15日、旅に出ます。17日に帰ってきます。 ところで、センチメンタルジャーニー(感傷旅行)という言葉でわたしの連想は少女のころに読んだ田辺聖子さんの芥川受賞作品(1964年)に及びます。でも、今じゃあ、テレビアニメのセンチメンタルジャーニー(少女の初恋アニメ・テレビ東京。1998年)のほうが有名なのかしら? おおっと、その昔の父や母の世代ですと、アメリカ・オハイオ生まれの大スター”ドリス・ディ”の大ヒット曲ジャズ「センチメンタル・ジャーニー」なのかしら? あ、いえ、どうも。明日からの旅はセンチメンタルジャーニーではなく、浄化浄霊お礼参りの旅です。 神様へのお願い事への感謝の旅をかまけてはなりません。うっ、すこし固いことばですが、神様への礼儀作法は緊張がともないます。心して出かけます。 今回は大きな子ども「X」(ペケではないエックス)を同道しなさいと師に言われています。師によると「X」はふつうのヒト科ヒトではないような存在のようで、事あればガイド(道開き)のような存在として貴重なようです。と、ような、ようなの連発ですみませんが、そういうことの、ようなの、です。 これで逆方向へ向かう方向音痴の癖は今回の旅ではでないとおもます。方向指示器のような「X」がいっしょですからね。でも、ここだけの話、この方向指示器、養母のわたしの養育がまずかったのか、たいへん気ままな極楽トンボで、、、何の計画、プランもたてない気ままジャーニーが大好きなのですが、、、方向指示器の彼を方向指示する方向音痴ひろよ、となると、ちゃんと17日に帰ってこれるか、どうか、ま、いいか。いえ、神様へのお礼お参りのときは、ジャージしか着ないような方向指示器にも背広を着せ、わたしも身なり整え、着衣正装、心がけまっすぐ、心に太陽、唇に詩を。  捧げてきます、では。 あ、センチメンタルジャーニーで、一つ想い出しました。「三毛猫ホームズのセンチメンタルジャーニー」(赤川次郎)。我が家の美人三毛ニャンコ、ミケちゃんはお留守番です。

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2006年11月13日 (月)

九星気学・お知らせ

いま朝9時15分です。食卓のそばにあった暦をちらっとみて、「あっ」と叫んで、表の枯れ葉お掃除も後に回して、あわてて、これを書いています。 きょうの11月13日は九星気学の暦で、 「丙・午・九紫」  とっても珍しい組み合わせの日です。「丙」は五行で・火・です。火は炎、燃えさかる炎、ファイアー、明るいですね。方角では南方向です。「午」は時間でいえばお昼の12時、方角はもちろん真南です。「九紫」の九は南を示す数字で、九紫の日(きょう13日)は、その九が中宮(中心)に回る日です。南、南、南、。。。火、炎。。。。ああ、珍しい日ですね。もったいぶらずに結論をいいますね。 きょうは、今まで言えなかったことが言える日です。心に溜めていたことを相手に伝える日です。クヨクヨと悩まないほうが良い日です。言うべきか言わないほうがいいかと迷っていることがあれば、迷わず相手に伝えてください。後で振り返ってみれば、あなたの人生の貴重な足跡になっていることに気づくはずです。あなたの心に炎を。 きょうは緊急お知らせなのでここまでです。「丙・午・九紫」の日は次は来年11月8日です。 きょうの鎌倉、きょうも朝から雲一つない青空です。午後12時から1日延期になっていた佐助稲荷神社の月次祭(つきなめさい)が行われます。お近くを散歩中の方はどうぞ~来て下さい~、、、。(写真は鎌倉・葛原岡神社参道の富士山ビューポイント・今朝の景色・富士山五合目から上は真っ白でした)。

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2006年11月 9日 (木)

スピリチュアル鎌倉 米原万里様偲ぶ

玄関口で、ただいま戻りました、という意味の「たァ!」と発声しますと、おかえり、という意味の「おっ!」(x)と、「ミャン」(ミケ)というお迎え声が二階から階段を駆け下りてきます。昨夕、浄霊の旅からぶじに帰ってきました、わたし、ひろよでございます。本日朝10時半からふだん通りに鎌倉佐助での業務に就かせていただきます。 鎌倉は朝早くから、晴々です。雲ひとつありません。いい秋です。秋晴れです。魂が吸い込まれてしまいそうなきれいな透明な青い空です。お空が青いのは地球が青いからでしょうか、とっても美しいです、きれいです。ああ、まるで、わたしの心のように---- ああバカバカバカ、大バカ、バカひろよ----あはは、すみません、つい調子に乗って、お叱りの声が到来いたしました、おほほ。 でも、こんな言葉も----。 あなたがあなたという美しい花々をみつめ感じ香りをかいだときにあなたのスピリチュアルの花があなたを包むのよ。(スピリチュアル=精神世界) そういうかぎりない自己肯定の時々を否定しないほうがいいようです。 では、みなさま、どうぞごゆるりとあなたの今、そこにそのままに在る、あなたの秋色の花を見て感じて香りのバスタブに身をゆだねてくださいね。では、また。いえ、おおっっと、 追記:留守中になにやら「x」がはしゃぎましてお詫びします。ううっ、暴露されてしまっているのですね、ひろよ食生活の実態と称するものが---。でもでも。 人生、一度たりとも不味いものは食べたくない、美味しいものを食べたい と作家・ロシア語通訳・エッセイスト、故・米原万里さんの言葉です。この五月に病の床からうつくしい天国へ旅立たれました。 そう、そうです。その人の食生活はその人の人生のテーマをみせてくれます。ということは、わたしの食生活は何をあらわしているのかしら? 米原さんは佐助稲荷神社の少し手前に住んでおられました。とっても大き な毛のふさふさしたピレネー犬二匹といっしょに銭洗弁天神社の急坂をお散歩されていたのがつい昨日のようにもおもえます。 ワンちゃん可愛いがりすぎで恩師が米原さんに「キミ、人間のオスを飼いなさい」と説教されたんですね。きれいで美しい彼女は二ケタ数字のステキな男性と恋愛のあとは独身であられました。ご冥福合掌。 ・・ うつくしいもの、おいしいもの、---を求めて生きたいとおもいます。 でもそれは贅沢、高価なものものとはかぎらない。子どものときに一本の野草を煮てもらった、あの一本のツクシの味をわたしはおぼえています。

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2006年11月 6日 (月)

浄化除霊浄霊への旅

じゃあ、お留守をおねがいね、三日間くらい、、、、と真新しい真っ赤なキャリーバックを軽やかに引き引き、にっこり^^で母さま魔女ひろよは旅立ちました。ご依頼人さまとそのお人のお住まいの浄化浄霊のセレモニーが行われるようです。顔は^^ですが心は引き締まっているぞ、と、これは留守居「X」(ペケではないエックス)のリーディングです。乞い願います。関係者ご一同の無事全う、願いの成就、そして母^^っての帰還。。。。 「、、、みずからを燈明とせよ、、、」 とお釈迦様の遺言の一つを声に出して、「うん、そうよ、そう」とうなずきつつ玄関を出ました母魔女ひろよでしたが、、、。でも、 ヤッホ~、留守です留守。家の中で大の字に寝転がる極楽トンボ「X」と極楽ニャンコ「ミケ」です。またまたHPジャック占拠です。で、さっそく山の写真です。ぼくの趣味の世界です。これが岩登りです。うふふ。 ぼくはこの岩登りには不参加です。所属山岳会のメーリングリスト配信の最新写真を無断で転載しています。彼女さまたちからクレームが届きますとただちに削除しますので今のうちにクリック拡大で楽しんでくださいね。魔女、じゃなく、山女3人ですが、、、山魔女3人かもしれませんね。墜ちたらさよならなのに、ニコニコ笑って、登るんですからね。でも、ぼくも少しは知っています。なんともいえないんです。足下の風景が。 まさに、そのままこのまま、生きている我あり、岩の匂い嗅ぐ   ・・「X」乱れ拙句 もしもこの拙文をお読みの方でなにかに悩んでおられたら、もしもお望みでしたら、岩登りの世界に、、、。

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2006年11月 2日 (木)

うわっ、すごい!真勢流本筮易石井ご宗家鑑定再開

占いとは思えないくらいすごい占い、それくらいすごい占い、真勢中州流谷川龍山派本筮易の石井清龍ご宗家がしばらく休んでおられた鑑定を横浜の日吉で再開されました。いつのまにかご宗家門弟のはしっこに潜り込んで門弟見習いもどきで少人数勉強会にちゃっかり参加している大きい子ども「X」(ペケではないエックス)が、すごい、さすがだよ、ああだ、こうだ、それで、、、、と夜の更けるのもいとわず話してくれます。(注:写真は本文とは関係ありません) こういうときに眠たがったり、話を遮ったりしては大きい子ども「X」はムクれてなおさらエキサイトしますので大変です。彼、特技のサイキック・ヒーリングでわたしひろよの両目をかっと開いてしまいます。いえ、それはともかく、でも、石井ご宗家はたしかにすごいお方です。 先日の会では、邪馬台国女王卑弥呼を易占で、卑弥呼の霊能力は卑弥呼自身の能力ではない、別の人間の霊能力であった、とリーディングしたり、北朝鮮金日成の今後を読み解いたり、日経平均株価で大もうけの仕方をあきらかにしたり、その他いろいろ、最後はホンモノの現役武道家、元プロキックボクサーの実技練習をまじえて格闘技の本質をさぐりだす。こんな占い勉強会をなさっている占い師は日本、いえ、世界中、どこにもいませんよね、すごいです。 こんな女性を宗嗣にいだく真勢流本筮易の目には見えない力の大きさを感じます。ご宗家の会話のなかで「X」が小耳にはさんで持ち帰った感銘のふかい話があります。 「見える人は、見えたものを疑わないのよね、困るのよ」 う~ん、「X」の感銘がわたしにも伝わります。目に見えたから見えたものをそのまま信じ切ってしまってはいけない。見えたものが現実とはかぎらないのに、見える人は見える現実、見えたこと見えたものの虚実を検証しない場合が多い。見えたことを最高のアリバイにしてしまう。でも、それでいいのだろうか。 この話は、「霊視」が話題になったときだそうです。たとえば前世を霊視して「見えた」とします。たしかに「見えた」としても、それがその人の前世だとは言い切れない。たまたま、その場に居合わせた霊、あるいは通行人の霊かもしれない。 わたし、ひろよは思います。優秀な霊能力者が道をあやまってしまうのは、まさしくこの誤謬に気づかないときです。審神者(さにわ・霊能力の判定者)と霊能力者が切っても切れない相互関係として存在しているのは、それが日本有史以前から連綿とつづいているのは(たとえば天皇と皇后、役割が逆の場合は女性天皇と、、、)、「疑う」「検証する」という力量がどんなに優秀な人であっても不可欠であったことを知っていた、知らされていた人たちの知恵のように思います。 このところ霊的修養にとりくんでいるわたしにも勉強になります。ありがとうございます。石井ご宗家は易占で「楽しくすごしたい」「来られる人を楽しくさせたい」「楽しいい場をつくりたい」ともおっしゃっていたそうです。それだけではないかもしれません。でも「楽しい」をキーワードにされるなんて、やはりというか、正直、、、うわっ、すごい、と思います。 (写真は巨大”冬瓜”です。おいしくて冬風邪予防にも効きます。でもこの冬瓜、重さ5キロもあって、ずっしり。ううっ、、当家ではダイエット体操のバーベル代わりになっています。Yさ~ん、ありがとうございます。でも早く食べたい)

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