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2007年7月

2007年7月27日 (金)

恋占い 花

恋の花占い・・・「好き」、「嫌い」と花びらを一枚一枚、風に舞わせた幼い記憶がこのわたしにもございます・・・ああ、懐かしいです。恋が一つ終われば涙も出ます。身の細るおもいもします。そんな意気消沈をサイキックパワーで乗り越えたAさん(自称中学25年生の女子生徒・?)から元気なメールを頂戴しました。うれしいです。 恋は人生の花ですものね。わたしhiroyo-zひろよは目下・・お仕事に恋をしています。スピリチュアル神事に我をわすれて修行没頭中です。そんなわたしに恋していればいいのに、女の子にモテないと愚痴る大きな子「X」がダイエットしたいというので魔法?をかけたら61㌔が57㌔になってはしゃいでいます。で、さて。。。元気なうれしい中学25年生のお便りは。。。 ひろよ先生お久しぶりです。お元気ですか? 私の「楽しい」毎日ですが、例の宿題は「気」に対する感度が高くなるのならなにも3日間だけに限定することではないじゃない、と思い、時間のあるときはうちの鉢植えの沈丁花にお相手してもらって「気」を感じる訓練をしています。私のコンディションなのか、向こうのコンディションなのか、かなり日によって感じ方にバラつきがあるので面白いです。 「オーラを見る」は先生のおっしゃってたように指と指の間に「納豆のように」糸がつーーっと、というのはまだ見えないのですが、手の周りにうすーい残像のようなものが見えるときがあります。残像なのかオーラなのか区別できないのが悲しいところですが。 先日落語を見に行ったとき、噺家さんの周りにやはり残像のような幕が見えた瞬間があって、「おおっ!」と思いましたが、これまた私の目では残像と区別がつかないので悩ましいところです。 で、本題(?)ですが、昨日「気になる二人」のうちの一人に初めて会ってきました。もうそれまではものすごい緊張して吐きそうな日々を過ごしたり(笑)、ええい、「素」で体当たりするまでよ!と開き直ったり、それこそ日替わりで意気込みがコロコロ変わるという忙しい毎日でしたが、昨日実際会ってみて、悲しいかな、「異性としての魅力を感じない」という結論に達しました。まさに「百聞は一見に如かず」ですね(笑) 話題もそこそこ豊富そうで楽しそうな人ではありましたが、いかんせん私の直感が「異性としていまいち」と言うんじゃあそれ以上私にはどうしようもありません。頭の片隅で「そんなエラソーに、お前こそなんぼの者じゃい」と突っ込みを入れる声が聞こえなくもないです、この際そんな声は無視です。 そう簡単に「当たり」は出ませんよね...。再来週にはもう一人の気になる人に会うことになっています。そっちも「...」だとまた次に誰かに会うまで「心の支え」がなくなってしまうのが怖い気もするけど、それだけ「当たり」に出会ったときの喜びもひとしお、と思うようにします。 でも先生、こういった新たな相手を探すというか、新たな人に会うにあたって私がこうも前向きになれるとは少し前には想像もつきませんでした。 年の功なのか、それだけ必死なのか(泣)、敢えて考えないようにしますが、でも出会いを楽しんでいる私がいるのは確かなことなので、それはそれでとても嬉しいです。いい具合に肩の力が抜けてきているんでしょうかね? 直接会って「直感」任せというのは「これこれこういう感じの人を探している」と事前のスクリーニングができない分、手間がかかるのが難点ですが、もう私の直感しか信じるものがないので仕方ない!(笑)「鉄の下駄を履いてでも探せ」という心境です。 修行中にさらに力を抜けさせてしまうようなメールですみません。でも、自称「中学25年生」、今後も「明るく楽しく」をモットーにがんばります! ので温かく見守っていてください...。 ではまた。。。。。。。。。 このAさん、来年2月には賃貸マンションを家主さん都合で明け渡します。ですので、それまでに華燭の典をあげて引っ越したい! そうです。拍手で応援してあげてください。え? 人ごとではない? いえいえ、人の幸福を願い続けると、自分が幸福になる。これ、スピリチュアル神事の絶対真理でございます。 では、また。 追記:上の写真は恋の花占いで人気のマーガレット。最初の言葉を「好き」で始めるか「嫌い」で始めるかで結果が決まります。マーガレットの花びらは奇数・・・と、いうことは・・・ね、、でも手にした花びらはもしかして・・・一枚少ない可能性もなくはない・・・のです。注*アジサイではやらないでね。

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2007年7月23日 (月)

池波志乃に「68歳のとき夫・中尾彬が死ぬ」とズバリ言ちゃった

日曜日、朝の日本テレビ「波瀾万丈」に池波志乃さんが出演、「別人のようにキレイだったけれど、整形したみたい」だった、そうです。また、「細木数子のズバリ言うわよ」にも彼女はゲストで出ていて、「あなたが68歳になったら夫、中尾彬が死ぬわよ」と細木センセイは志乃さんにズバリ言ちゃった、そうです。そうです、、と言うのは今週わたしhiroyo-z(ひろよ)はテレビを見ながらくつろいで笑うまったりした時間の余裕がなかったのですが、 かつて、そのむかし昔、ひろよ女高生時代のNHKテレビ朝ドラマ「鳩子の海」の池波志乃さんファンだったわたしを知るふるい旧い友人がわざわざ教えてくれたのです。その友人は中尾彬さんの大ファンなのです。 「だから、お願い、中尾彬。志乃夫妻の今後を占ってあげてちょうだい」との注文つきでした。そんなわけでスピリチュアル九星気学占術、さっそく、鑑定に入ります。中尾彬さんは昭和17年8月11日生まれ、64歳。池波志乃さんは昭和30年3月12日生まれ、52歳ですね。 本命星・四緑木星  月命星・二黒土星  宿命宮・兌  空亡・辰巳本命星・九紫火星  月命星・四緑木星  宿命宮・坎  空亡・戌亥 ああ、大丈夫です。お二人の相性は大吉です。 外見的には志乃さんが中尾さんを陰で支えているように見えますが、じつは中尾さんが志乃さんを支える相性ですね。個性豊かでけっこう感情に起伏のある彼女を根気よく物心両面で面倒をみてゆくステキな男性です。これ以上、言うことなしです。え?「志乃さん68歳のときに彬さんが死ぬ」予言? だって、そのとき彬さんはもう80歳ですよ、もぅ、いいじゃないですかぁあぁ・・・は冗談です・・・謝罪します、と政治家みたいですか、苦笑。 もちろん将来予測は、それが凶ならば、その凶を転じる方法をみつけるのがプロの占い師です。それがみつからない、わからないときは凶予言は絶対に告げないのがプロとしての最低モラルというものですよ。細木さんも「それを避けるには、あなた(志乃)が今すぐ芸能界に現役復帰し、64,5歳くらいまで頑張ること!」と方策をお示しになった、そうじゃないですか。ですので、問題はございません。では、また。。。 あ、中尾彬さんって絵の才能がホンモノで高校生のときに油彩画で千葉県美術展に入選、1961年に武蔵野美術大学油彩科へ入学、1982年 フランス「ル・サロン展」にて国際賞受賞「COUNTRY・故郷」(油彩100号)されているそうですね。志乃さんも日本画がお好きで、そもそもは絵心がお二人の恋愛のシンパシーの大元のようですね(左写真は志乃さん作品)。。。じつは不肖わたしも、じつは少女時代に日本画に恋して、毎日毎日、描いていたものです。わたしの場合は、なぜか菩薩さまなど仏様を描くのが大好きな少女でしたけれど。

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2007年7月13日 (金)

自分の力ではない力の摩訶不思議パワー

よ~し♪ 恋人をみつけるぞ、幸せになるわよ、金運を引き寄せるわよ~、健康で元気いっぱいのダイエットボディーになる、10歳アンチエイジング! 商売繁盛家内安全、難病完治・・・濱の真砂はつきるといえども・・・欲望のタネは尽きまじ、欲望に振り回されてはいけないと言いますけれど、わたしhiroyo-z(ひろよ)は欲望のタネを育てるのが大好きです。 もしかしたら人様のそういう願望という欲望とおつきあいさせていただく為にこの世に生かされているのかもしれないと力んで思うこともあります。 そんなわたしからの一言アドバイスを・・・一言、といいつつ三言、四言、となってしまうこともママありますが、一言を。 ・ ・ 「あなたは一人ではない」 ・ ・ では、また。 いえ、もう二言三言、しゃべらせてください。あなたの願望、欲望は自分の力だけでは永遠に叶いません。 自分の力ではない力が応援に入ったとき、あなたの欲望という名の電車は動き出します。 それは、あなたの友人知人かもしれない家族かもしれない、、、さらに、、、あなたや友人知人や家族の周りや背後に存在するもっともっと大きな力かもしれない。もっともっと大きな力とは何。 とつぜんですが、 平安末期の安元元年(1175年)、叡山の一念僧源空(法然)は、「わたしが念仏を称えただけで往生できるのは何故か」という疑問を抱えて悩んでいたとき、善導大師の著書に「それは弥陀の本願の仰せに順う(したがう)故である」という回答をみつけ、目から鱗が落ちました。 自分が称えたから往生できるのではなくて、「称えた者を往生させる」という弥陀の本願の力で往生させられるのだということが善導大師の教えによって分かったのです。これが他力の念仏の発見です。こうして法然上人の専修念仏(念仏一つ)がはじめて唱えられ、浄土宗が開かれたのであります。(浄土真宗明光寺発行「明光寺報7月号・住職著述より) あ、仏教きらいな方、ごめんなさい。 けっして念仏のススメではございません。でも、あの法然さんも親鸞さんも自分の力だけでない力を感じられたとき自分の願望を叶る道を歩みだされたのでした。 くり返します。 ・ ・ 「あなたは一人ではない」 ・ ・

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2007年7月 6日 (金)

七夕さまの歌で掴む幸運

777,さあ幸運をいただきましょう。07年7月7日、明日はラッキーセブンで七夕の日ですね。ラッキー7は西洋の言葉ですが、いいものは良い。良いとおもったことは良い結果を生みます。明るい波動のものは日本古来かどうかにとらわれずにドンドンいただきます。ごちそうさまです。 元々「七夕」だって中国伝来ですものね。万葉歌人、山上憶良が到来の七夕をテーマに日本風に歌を詠んで貴族社会に人気のお祭りになり、江戸時代になってから現在のかたちの、きわめて日本的な七夕祭りになったんです。さあ、短冊に「願い事」を書いてお星様に願いを聞いていただきましょう。 ♪ささの葉さらさら のきばにゆれる お星さまきらきら きんぎん砂子(すなご) ♪五しきのたんざく わたしがかいた お星さまきらきら 空からみてる 私事ですが(。。わざわざ断らなくても。。私事ばかり書いています。。)、わたしは昨年の七夕直前に崇敬神社の絵馬に「願い事」を書いてお星様にお願いしました。おかげで、ありがたいことに、この1年、つつがなく成長させていただくことが叶いました。成長というより飛躍といってもいいくらいの成長です。でも、もちろん、まだしまだしの一里塚なので、さらにさらに日々の精進をかさねてゆきます。 精進といえば辛い研鑽というイメージですが、わたしの場合は”楽しく”精進です。楽しく、楽しく、と言いすぎて権威筋からは顰蹙をかったりもしていますが、それでも、めげずに楽しく楽しく、と、きょうも言いすぎて暮れる一日でございます。 ところで七夕を日本にひろめた万葉歌人、山上憶良は今でいう「社会派作家」です。貴族でありながら庶民感情を歌いあげ、人生は悲しい、辛い、イヤなことばかりだ、と詠いつづけました。「楽しく、楽しく」なんて言っていては叱られること必定でしょうね・・・。でもでも、あの人生悲しい、辛い派の憶良さんも「七夕」にちなんでは、こんな楽しい歌を作られていますよ。 天の川相向き立ちてわが恋ひし君来ますなり紐(ひも)解き設(ま)けな                          (巻第八・1518) きょう、天の川に向かい立っていると、恋しいあなたがわたしの元へいらっしゃるようですので、衣裳の紐を解いて、、待っています。 あぁ~、、彼を待つ彼女のこころも身も・・・と、わたしなどは全肯定でうっとりですが、権威筋は社会派の憶良ともあろう者が・・とお嘆きになられたりもします。社会派作家松本清張さんがまだ夕方の銀座バーでホステスさんに「キミのは柔らかいねえ」と手を伸ばして揉み揉みされた(実話)のとおなじようなことかもしれないけれど。 どんなに辛くても悲しくても、一瞬でも、楽しければ、その楽しさを意識化して積み重ねてゆけば人生は楽しく変化してゆきますよ、きっと。山上憶良は万葉歌人を代表する一人としての名声を得、当時としては長命の74歳没です。松本清張さんの名声と富は、、いうまでもありません、、。

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