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2008年4月11日 (金)

運不運は感謝の色で決まる

運不運は感謝の色で決まるようです、と、きょうは佐助稲荷神社月次(つきなみ)祭日での神下さりのお言葉をいただきました。 え? なんのことおお・・。おもわず前のめりになられる方もちらほらおられます、が、訝らないで聞いてくださいね。

感謝は、ありがたくおもう心から発するお礼の気持、です。色は、この場合は色合いです。 この色合いがきれいか、混じりけがあるかないか、純度が高いか低いかによって運不運のデバイド(格差)が生まれる。

この場合のデバイドとは恩恵を受けることのできる人とできない人の間に生じる運不運、幸福不幸の格差、段差を意味します。「幸福段差」と呼んでもいいかもしれませんね。 きょうの月次祭にわたしはお稲荷神さまへお供え物をお持ちしました。その対価としてなんらかの私的なご利益をお願いしたとしたら、お願いしてもいいのですが、色合いはあまりよろしくないのです。

私的を利他(誰かの為をおもって)と替えても、これだけのお供え(お賽銭でもおなじ)を出したからいただくものはいただきたい、と、これではやはり色合いはよくないのです。 100円(一千万円でもおなじ)払ったから100円(一千万円)の価値あるものを求めて当然なのが現世社会での社会ルールのようにおもわれています。そう割り切って生きてゆくほうがエネルギッシュで社会的功利を得やすいかもしれません。

しかし、ご神示はちがいます。応分の対価を求めて得る利益にはかならず応分の不利益がついてまわる。三輪明宏さんのおっしゃる「正負の法則」ですね。富める者、脚光をあびる人には必ずそれなりの大きな不幸がのしかかってくるという説ですね。

でも正負の法則は現世法則の一つであって神さまの絶対法則ではないようです。

感謝の色を良くすれば負はついてこない。すでについてしまった負でさえ感謝の色合いがきれいになると外れて昇華してゆくのです。心や身体の負を意識されている方はぜひぜひお試しください。 金員(金銭)へのそれなりの対価を求めない。労働へのそれなりの対価、報酬(金員)も求めない。金銭にしても労働にしても、それを応分のものへの交換物という意識があるかぎり正負の法則に幻惑されます。どこかで不幸を背負います。

金銭は金銭ではなく、これを自分の心を現したものだと心底におもう。感謝を捧げる。 労働にしても報酬目当ての行為ではなく、これを自分の心を捧げると心底からおもう。感謝を捧げる。 こみあげる感謝が感謝の色合いの純度をきれいにうつくしいものに光らせます。そうしたきれいな光にはかならず神々さまの光が降ろされ、想像以上の、おもってもいなかったご利益があふれんばかりにもたらされます。負のないご利益です。

なーんだ、けっきょくご利益おねだりじゃないか、とおもっていては・・・このデバイドは永遠に超えられないかもしれないけれど、それもこれも人生ですよね。 でもでも、リストラ通告が取り消しになった、生来の側湾症が消えた、理想の彼と結婚できた、末期ガン宣告を受けたが4月に退院し職場復帰・・・などなどミラクル、奇跡の神恩をいただいた方々は意識的、あるいは無意識的にしても、この感謝の色合いが過去とはくらべようもないくらいきれいになった結果でした。

今ひとつ理解できない、でもいいのです。理解が肉体化するまでには時間がかかるとおもいます。でも心の片隅にでも、この「感謝の色合いの法則」を、佐助稲荷神社の大神さまご縁ということで記憶のどこかに留めておいてくださればうれしいです。 

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