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2008年12月

2008年12月31日 (水)

不況って本当ですか? 

不況、不景気・・どこがですか? 今年最後のごあいさつになりました。いろいろありましたがたのしい思い出もいっぱいの2008年。御礼申しあげます。ありがとうございます。年納めに今はやりの言葉”不況””不景気”をチェックさせていただきます。

きのうは所用あって横浜高島屋に行きましたら、上の階から地下二階まで押すな押すなの満員で「不景気って本当?」とつぶやいて大子どもXと二人笑いをし、周りを見渡しましたら、店員さんはもちろん超満員のお客さまたちもうれしそうにお笑いになっておられました。再び「不況って、どこが!」とまた笑いました。

Xの話しではアメリカのサブプライムローン低所得者向け住宅ローンの焦げ付きを起因にいまや世界の銀行が138兆円の損失を出して青息吐息の危機だそうです。138兆円!! お財布には入らないお金・・うわぉおう、それは一大事ですね。たしかに、テレビをたまにつけると「不況」「不景気」という言葉の大洪水です。マクロではきっと大変な事態なのでしょう。でも、Xは言います。損をした金額はだれかが、どこかが得をしている、・・。自由資本主義の絶対法則。

とはいっても不況、不景気がはやりですから、近々にお金で損失を出した人にだけワンポイントアドバイスをお贈りますね。損をしたお金は、あなたの罪穢れを祓う神さまへのご浄財だとおもってください。お金を払うことで自らを祓えてよかったと感謝します。損失を出すにはそれなりのカルマがあります。そのカルマを祓えた。ありがたいことですと口に出して言いますと、損を出した金額がやがて何倍にもなって戻ってきます。神々さまのはからいに感謝しましょう。ウソぉ・・とおもわれてもいいんです。

マクロでも世界的規模でもおなじことがいえます。130~150兆円の損失にあわてふためいて騒いでいるのは、騒ぐことでお金を儲けるマスコミ関係者とそのマスコミの後ろに隠れて次の手を打っている賢者たちだそうですよ。次の手を打っている、打とうとしている人たちは今、毎日毎日、わくわく、たのしくてたまらないそうです。世間が不況だ不景気だと騒いだあとには必ず新しい産業、新しい長者さまが誕生します。

わたしだって、あなただって、浮き沈みはあります。沈んだときは・・じつは新しい自分に変化するときでもあります。もしも、あなたが今の不況不景気の流れに乗ってしまっているとしたら、新しい自分の誕生にわくわくしてください。神々さまの祓いに感謝をつづければ必ず時代の変化の波に先乗りすることが叶います。もしも、あなたが不況不景気? どこにどこがぁ? とおもえていたら、あなたはすでに時代の新しい波動が巻き起こすいい風を身に受けておられます。そんなあなたは、自分のためだけではなく、自分をふくめた周りの人たちの為にもいっそうの努力をしてあげてください。

では、いいお年、20009年、おめでとうございます。

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2008年12月22日 (月)

さあ、心機一転、九星気学

冬至(21日)はいかがお過ごしでしたか? かぼちゃに柚湯、古くからの趣にあそぶ、風習というのもいいですね。わたしhiroyoの柚お風呂は体調もあって今夜に持ち越しました。風習はぜったいにその日とガチガチにこだわらなくてもOKです。ああ、懐かしい柚子の湯、あの香り、肌触り。

九星気学では冬至を境に”日の九星”が「反転」します。一白水星とか五黄土星とか九紫火星などなどの星(九星)は年度や何月かによって変化します。おなじように日々によっても変わってゆきます。たとえば今年の冬至前後は、

3(三碧木星)→2(二黒土星)→1(一白水星)→9(九紫火星)→8(八白土星)→7(20日 七赤金星:冬至・21日 七赤金星)。つまり、3・2・1・9・8・7の流れできましたが、冬至を境に(詳しくは流派によって日がちがいます。たとえば甲午の日、今年は19日ですが、煩雑な計算になりますのでスルー、無視してくださってかまいません)流れが反転し、冬至という境目に鏡を置いたように、9・8・7・(冬至)7・8・9,7→8→9→1→2→3→4→5・・・と数字が日々増えていく変化になります。

これを九星気学では陽遁(ようとん)と言います。陽遁の遁の字は逃げる、去るの意味ですが、陽が去るのではなく、陽遁とは陽に向かって隠が去ると覚えていただいてもいいのです。冬至を境に陽の気、プラスに向かって事象が反転してゆきます。心機一転の大チャンスです。新しいこと、新規の計画、来年やりたいこと、夢、願望などなどのプラス方向の計画に着手しましょう。願いは陽の気に乗せると叶うと九星気学は伝えています。

だからといって、さあきょうからぁ!と張り切り過ぎなくてもいいのです(決断できる場やチャンスの人は決断し実行して吉)よお。一年の計は元旦にあり。元旦にむかって夢や希望を整理して、心わくわくの準備に入ればいいのです。お正月に思いを新たにスタートできれば最高の年になるでしょう。一月二月三月、次第に陽の気が増してゆくにつれて新規の願望実現へのアクセルを踏み込んでゆくのです。

そして、桜咲き、
若葉萌え、
山つつじ絢爛、
新緑の風が吹き、
夏、海、ビーチパラソル、
入道雲、
そして秋、実りの秋(とき)

歳月はめぐり周ります。ちなみにきょう22日の日盤は九紫火星です。来年は九紫火星の年です。九紫火星は太陽のエネルギーをたくさん受けられる年です。陽気に明るく心に太陽、唇に歌を歌う一年にしたいとおもいます。

追記:クリスマスは西洋の冬至とおもって間違いないようです。古代ローマで冬至の時期に行われていたサターネリア祭(あべこべ祭)をキリスト教に導入したのがクリスマス起源のようです。サターネリア祭では男が女装、女が男装、主人が召し使いになり、下男が主人の姿に反転というか逆転し、騒ぎ踊ります。ま、無礼講あそびのようなものですね。シェークスピアの戯曲「12夜」にも描かれています。・・宗教的敬虔さのない日本のクリスマス・・などの批判もありますが、遠慮なくはしゃぐお祭りとしてのクリスマスもあっていのかもしれませんね。

あそんで騒いだあとの心機一転、力みなぎります。

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2008年12月19日 (金)

「風のガーデン」を一緒に観ました

Dscn08811 神さまの子みけちゃんは無事に旅立ちました。お祈りありがとうございます。

みけちゃんの魂を大きく優しくそしてみなぎるお力で神さまは引き上げてくださいました。この世を”たのしかった”とおもって息をひきとったみけちゃん。神さまはたいそうおよろこびのようすです。皆さまありがとうございました。

お花屋さん(石渡農園)の子としてこの世の生をはじめ、冬の寒い夜に鼻水垂らして我が家にやってき、遠赤ストーブにかじりついて一夜をあかし、そしていつしか14年の歳月がたちました。お花が大好きな子でした。わたしがお花を植えていると傍にやってきて飽かず眺めて、ときには草抜きのお手伝いをしてくれました。きょう18日夜はフジテレビ倉本聡さん脚本、緒形拳さんの遺作となった「風のガーデン」最終章をみました。みけちゃんが好きだった黄色いソファーに座っていっしょに。上の写真右の画面一部に風のガーデンが写っています。花々に囲まれた「風のガーデン」。先週はみけちゃんもみていました。

おくやみ、ご供養、ありがとうございます。深く御礼申しあげます。


みけちゃんは今は
天にまします
クァイン(観音)さまの手提げから顔だけ覗かせています


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2008年12月16日 (火)

午前8時、鎌倉鶴岡八幡宮で朝食を(「お日供祭」)

Dscn08511 青空がきれいな午前7時半の鶴岡八幡宮さまでした。冷たさが凛と背筋を伸ばしてくれます。本宮社殿祭壇にとどろく大太鼓、神主さまの朗々とした祝詞、そして鈴の音が平伏の頭上にさやかに舞い降りてき、神職様お取り次ぎの大神さまのご気配にかたじけなきわが身わが心がこまかに震えました。

むろん、その後の社務所での直会(なおらい・食事)は・・・むろん、おいしいのです。おいしいところにhiroyoありの伝説は生きています。 ご飯、おみそ汁、鮭の切り身、卵焼き、野菜切り身、おつけモノ、デザートにりんご少し。晩餐じゃないですからね、質素、素朴。でも、これがおいしいのは神さまお下がりの清々しさゆえであります。神主さまとお話を交わしながらの朝食ですからありがたくてもったいなくて、おいしくてたまりません。

「小さいお子さんをお連れになって御日供祭に来られる方も増えています。朝早く、眠いのに起こされ、神社で朝食をいただくという記憶は、ずっと残ります。そういう記憶はきっとそのお子さんの生涯にいい影響をおよぼすと思います」と神主さまが。・・・そうですね、厳かな異空間での神々しさに幼少期にふれる・・・。きっと、いいことが起きます、そのお子さまには、とつくづくおもいます。

きょう12月16日は鶴岡八幡宮では後鎮座記念祭です。かがり火のなかでお神楽が奏され、舞楽も奉奏されます。

・・

・・

午後3時当処ニャンコ「みけちゃん」が他界いたしました。お神楽と舞楽に乗って神さまの大元へ戻ります。たくさんの皆さまに可愛がっていただいてありがとうございます。神さまの子、みけちゃん、しばらくさようなら。もう痛くも苦しくもないからね、おもい出いっぱいいっぱいありがとう。

・・

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2008年12月11日 (木)

水垢離満願、”魔界”テスト合格!

Dscn08071_7 日の出時間に水垢離(冷水浴び)三日間終えて、きょうも元気に明るくのhiroyoです。女性に苦行荒行は不向きとも言われていますが、神命とあらば火の中水の中も心地よいとおもってしまえば楽行?・・おほほ(笑)。

おかげさま(守護霊)のお守りもあって魔界落ちテストに合格との通知をちょうだいしました。「魔界明けであなたの能力はさらに上がる。もうスピリチュアル(霊性)に関わる仕事から逃げてはいけません。世の中に必要な仕事なので迷わず堂々と自信をもって人々の幸せをみちびくのです!」と励まされました。

たしかに違います。気が、風が、光が、フレッシュです。ありがとうございます。

霊的な仕事のなかでもhiroyoの担当ジャンルはきわめて特殊のようです。多くの優れた霊能者の霊能力には個別能力ではとてもかなわないのですが、長時間、長期間、ときには生涯におよぶようなサポートを常時行うというスタイルではいささか自負をもっています。優れた霊能力者であっても、優秀な方ほど、わたしのような手間暇かけすぎでは効率の面でも体力面でも割に合わないと思ってしまうのでしょう。

でも、だれも歩かない道のない茨の道であっても、どうやらこの道がわたしの今生での課題、テーマだった。それを思いしらされた今回の魔界試練、テストでした。

上の写真は葛原岡神社本殿手前左の斜面下の”冬桜”です(11日午後「X」撮影)。下の写真は小町通りにあるとっても美味しい豚まん屋さんの店先の子豚ちゃんです。鎌倉スピリチュアル連山早駆けの帰路に「X」が水垢離満願魔界明けお祝いに”豚まん五個(一個380円)買ってきてくれました。おいしい!!です。

Dscn08201 ま、いわゆる精進落としの豚まん、みたいなものですね。古来、修行のあとの精進落としでドンチャン騒ぎ♪は神界仏界から俗界へもどる楽しい楽しいセレモニーですね。いかに霊性すぐれても、聖人のわたしは偉いぞおお~では生きていけません。しょせん、わたしたちは俗界に生きてゆきます。と、豚まん頬ばりつつ、つくづくおもうhiroyoでございます。

      

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2008年12月 8日 (月)

魔界に落ちたわたし、鎌倉九星占師ひろよ?

朝からヒマ、だから言うのではないわよ、、、あなた、苦しいでしょう・・魔界に落ちているわよ!、、、。、、、この世とあの世の橋渡しワールドでは大奥御台所さまのようなオーソリティであられる神さま師匠から昼下がりのけだるさに大音量のベルをならすかのごとく不意の電話がありました。

・・・ひろよです、しばらくペケにブログ更新を依存してしまい申し訳ございませんでした。自己を語らないXがつい語ってしまたことに過剰に後悔しています。発作的に削除しでかしても見逃してやってくださいませ。

それは、さておき、、師匠の突然の電話です。

「えっ、ま、まかい・・ぃ、」
「そう、テストです。神さまのテスト、試練、課題よ。きょう夕方、7時に電話してね、30分だけ時間を空けておきます」

カチャンと切れた電話。耳にのこる、まかい、の音。魔界魔界魔界。じつはこの数週間にわたって多忙もあってか体調がいまひとつでした。仕事の進め方にもためらいがあったりして師匠に電話をしようとおもった矢先でした。師匠からの先制のするどいひと言です。切れ味シャープな左ジャブを見舞われた格下ボクサーのようにあっけにとられるhiroyoです。でも、でも。

体勢をしゃっきと立て直し神棚の前に座りました。しばし黙祷瞑想、気持をこめて祝詞奏上しました。そして午後のお客様との鑑定セッションに入りました。午後6時鑑定を終え、夕食の支度にとりかかります。育ち盛り?はよくお腹をすかせます。6・12・6(午前6時、午後12時、夕方6時がワイルドな人々の食事時間)の原則とわめいてキッチンに向かうhiroyoの背後からせかしますので、もうもう。で、またたくまに午後7時です。

師匠の第一声、「あれ? もう魔界の出口近くに上がってきているわよ? あなた、やったわよねぇ、真摯な反省かな・・ハンセイ、という、性格、ではないからぁ・・あ、お祈り! 神さまにお祈りしたでしょう」ときっちりお見通しです。いつもこんなふうに話が前へ前へとはずみます。マイナスの状況を出ようとしてよくある失敗はマイナスをつくった犯人捜しに狂奔したり責任者を特定し責めることです。怨念、怨み晴らしはリバウンドにやられてさらにまずい状況をまねきますので止めましょうね。そんなことより前に進め、です。

師匠の話を要約します。

・電話をしたのは上の神様からお話があったからです。
・あなたは困難なお客様を拒まずに引き受けるが、それ続けるとあなたの身がその困難な邪気悪鬼をすべて背負う。
・その困難さに見合う報酬をおしなべて低めに伝えるが、それは偽善です。いい人ぶるのはやめなさい。
・現状を反省をさせるために神様はあなたを魔界の穴に落とした。
・テストです。神様はあなたがこの魔界とどう向き合うかテストされた。
・私にそのようなお告げがあったのは、もう良い、助けてあげなさい、ということです。だから今からあなたを引き上げます。

「わ~、あ、ありがとうございます。ありがとうございます~♪♪」とはしゃぐhiroyoを制して師匠は、
「不動明王様の助けをお借りいたします」と荘厳な口調に一変します。

のうまくさんまんーだー
ばーざらだん せんだーまーかろしゃーだー
そわたやうんたらたーかんまん

の呪文真言をくり返し、さらに今回に限りの神様降ろし真言(非公開厳守)が受話器のはるか向こうからわたしの脳髄から脊髄を伝わり全身を駆けめぐりました。そして、

裂帛の気合い!!!

-終了-

追加ご託宣・・・「きょうから三日間、毎朝、夜明けと同時に冷水で水垢離をしなさい」・・・わをわをわを、水垢離、組置いた冷水を裸の身に浴びる行です、この寒い夜明けの日の出時に行います。しびれます。冷たいです。息が一瞬断たれます。魔界での荒行は現世日常の荒行とはちがって非常に危険です。命を落とす行者、霊能者も過去から絶えません。よい子の皆さんは絶対にマネをしないでください。hiroyoは神さまお伝えで敢えて行いますので平気です。嬉々として冷水を浴びています。

 

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2008年12月 3日 (水)

心と体、どっちが大切か?

↑あはっ(笑)。大こどもミスター「X」です。鎌倉九星霊能占師”母ひろよ”に代わりむつかしいお題に取り組んでいます! 「心」と「体」、どっちが大切か? あはっ? 心も体も大切である。身心一如、一つのごとく(如)である・・・とぼくの禅師(禅寺和尚・故人)は言いました、とさ。8歳からずっとこの和尚の元でぼくは暮らしました、とさ。合掌。

幼くして挙動不審たえないぼくを霊能完全否定教育でまっとうな人に近い存在にまでしてくれた恩人の和尚さま(母ひろよの弁)なんですけれど、、、近い存在のいに力点を置くのはなぜですか、お母さん! それはともかく、

恩人和尚さまにむかっても理由なき反抗児のぼくは、一如ぅ? そんなのはヘン、命あっての物種♪~、体です体です、体がイチバンです、体が元手です、心がどうのこうのとおっしゃるお方は体がお弱いか、あるいは心をお病みになられていますぅ、とお寺を抜け出し近くのボクシングジムでぼかすか殴りっこ遊びに夢中になったり。。恥。。お寺の大銀杏にハーケン(ロッククライミングで使う引っかけ釘のようなもの)連打しアブミ(縄ばしご)でてっぺんまで登ったり。。恥。。

でも、和尚亡きあとぼくを拾い育てた”母ひろよ”の苦労が実った、らしく、この理由なき反抗児のぼくがいまでは、心と体では、もちろん「心」が大切ですと言い切りますよ(笑)。なぜって、心のない体は・・・ね、怖いですね怖いですね、面白いですね面白いですね、心のない体はもう命というものがないのです。お手々とお手々のしわとしわを合わせて幸せ合掌、お仏壇の~~。反対に体のない心はリ・インカネーション(輪廻転生)によって再生のドラマ続編ということもありえるのですね。心がイチバンですよ。

ですから、心明朗、心の明るい人は人生の最大幸福を得るが、体が強いだけの人は最大不幸を得るのです。ホントです。体の病気だって、心にマイナスの言霊がなくなれば一朝一夕にはいかないけれど治癒します。と母ひろよは申しております。昨日ぼくは左腰を突然に痛めました。体を痛めたのです。痛い~痛い~とわめくぼくに母ひろよは言いました。「痛い痛いと言っていて治るならもっともっと痛い痛いと言ってれば良いわよ。もっともっと痛くなります。治りたければ、痛い痛いと言わずに、心地いい♪ 心地良い♪と言ってごらんなさい。ウソでもいいから~。すぐに治るから」。

で即実行、痛いの言葉を呑み込んで心地良いを連発しました。痛いという肉体的苦痛を癒やす「心」療法です。そして今朝ぼくは起床と同時にいきおいよく外へ出て銭洗弁天様前の急坂を駈けのぼり朝陽をあびながら神秘の福袋濱陽一さま直伝のご陽気体操をしてきました。腰痛? そんなものは心で吹っ飛ばしましたね。でも、もしかして、これ、母ひろよの魔法に乗せられた、だけなのか、どうか、・・・。

いずれにしましても、
ウソでもいいから、心に心地良い言葉を発しつづけると、
体は元気になるようです。

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