女性だけの観音講(於・佐助稲荷神社社務所。5月18日)が今年もしめやかに、つつまやかしく、そしてこころ華やかに行われました。講中は人生ベテランの方々様がほとんどで不束ひろよが”いちばんお若い”のですよ、みなさん(笑)。でも秘仏十一面観音さま一般公開の場にはもっともっとお若い20,30代女性がたくさんでした。
年に一度の公開ですから有難くて「観音様の全身」をじっくり観る余裕もなかったとおもいますので、少し出しゃばって解説させていただきます。
尼僧赤松幸運さま作の十一面観音像の特徴と申しますと、お御足の片側が少しだけ前に出ていることです。今にも歩き出そうとなされている。つまり助けを求められれば、いつでもすぐにでも動けるとおっしゃっているのです。この観音さまは行動の仏さまです。困っている人が助けを求めればすぐに動く。それを身をもって示されています。
ひるがえって、そのお姿は助けを求める人間たちにも「かくあるべき姿」のご見本を示されているのです。
半歩、一歩前への動きをしているのか、どうか。
ハワイでこんなことがあったそうです。観音講参加者の娘さんが友人の女性とダイアモンドヘッド観光に出かけて災難に遭いました。女性二人が人気のない路上で大柄な暴漢男に襲われたのです。単なる物取り目的だったのが不幸中の幸いでした。あるいは観音さまのご加護で物取りだけに済ませていただいのかもしれません。暴漢去って、路上に倒れたままのその娘さんの意識がもどり最初に目にしたのは、お母さんから旅の安全を祈っていただいたお守りです。路上に転がっていた携帯、そのストラップに飾ったお守り二つです。お守り二つは昨年の女性限定観音講で女性神主さまから頂戴したものだった。
観音さまのありがたさ、母のありがたさ。そしてさらに驚いたことに、その娘さん、ハンドバックやら、その他袋物やらをたしかめたところ、なんと、何も盗まれていなかった、なに一つなくなっていなかったのです(連れの友人女性は金目の物はすべて奪われていた)。ありがたい、有難い、ありがたいお話ですが、お母さまが観音講に毎年来られているという半歩、一歩の行動が前提にあり、さらにそれを娘さんの幸福を願ってプレゼントしたというやはり半歩一歩の行動があり、さらに娘さんが常時持ち歩いている携帯ストラップにしたという半歩一歩もありました。奇跡は一日でならなくても、奇跡は必ず起きる・・・。
観音経「妙法蓮華経観世音菩薩普門品」(みょうほうれんげきょうかんぜおんぼさつふもんぼん)は、冒頭でいきなり
爾時 無尽意菩薩 即従座起 偏袒右肩 合掌向佛 而作是言
世尊 観世音菩薩 以何因縁 名観世音
と、観音様はなぜ観音というお名前ですか? 問いかけで始まりますね。
佛告無盡意菩薩 善男子 若有無量百千萬億衆生 受諸苦悩聞是観世音菩薩 一心稱名観世音菩薩 即時観其音聲 皆得解脱
それは、助けを求める「世」の人の「音」を「観」て救うから「観世音」という。わかりやすく具体のレベルを手元に引きますと、音は声、観は聞く、つまり助けを乞うひとの声を聞けば駆けつけるという意味に表面的にはなるとおもいます。詳細に深追いすると音は単なる音ではなくエネルギーのようなものであり、そのエネルギーのようなものは普通の人の視力ではみえないが、神仏にはその純度、純粋性を観ることができるようです。
まじりけなく無心に助けを求めれば叶う。
求めよ、さらば与えられん・・・求めればその純度に応じて願いは叶います。純粋性の高まりは繰り返しだとおもいます。それこそ何世紀にもおよぶ輪廻転生(Reincarnationn生まれ変わり)の反復に依るエフェクト(effect効果)なのかもしれません。
あ、どうも、お話ぶっ飛びましたかしら^^)
女性だけの観音講は年に一度ですが、秘仏十一面観音さまはお堂の扉は閉じていても、フルタイム体勢で、いつも休みなく佐助稲荷神社・下の社務所横の小さいお堂の中に、かけまくもかしこみかしこみ、おわします。きょうも、あすも、きのうも。とわに此所に。
神託kamakura鎌倉