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2009年6月

2009年6月21日 (日)

ラザロ復活記念日

6月21日はイエスキリストがユダヤの民で死者のラザロを生き返らせた記念日だそうです。奇跡の日です。もっともキリスト教的教養はかけらもない「X」でございます。先天罪の意識希薄できょうも元気です。玄関のピンポ~ン♪がなったので出ますとご近所への引越ご挨拶です。お子さま連れです。ここ佐助地域は数年で人口が増えています。しかも子ども人口が増えています。

銭洗弁財天や佐助稲荷さまへ向かう小径に幼児の元気なはしゃぎ声が毎日聞こえてきます。数年前は子どもなんて久しく見たことがないと佐助の古老がおっしゃていました。人が人をほんとうに愛すると人も地域も生き生きしてきます。

 ラザロの「復活」と「脳死」
を少し・・・。

鬼母さまhiroyoママが帰ってくるのは火曜日(23日)の深夜のはずです。まだまだ、boku「X」の一人遊びの愉悦はつづく。おほほぉほ。

土曜日の真夜中丑三つ時に玄関ピンポ~ン♪したのは誰かなぁ・・・

目は一度覚めたのですが、眠くて起き上がれなくて・・・朝になって??と、おもいましたが、たまたま、まったくたまたま、会うはずもない懐かしい人と都心の店で「お!」「わっ!」と遭遇し、Iさんの死を知らされました。そうだったんだ、Iさんだったんだ。Iさん、ありがとうございます。ずっとずっと昔昔、岩登りの基礎の基礎をおしえていただいた。そのこと深く脳裏と体全体の細胞で記憶しています。ご冥福を祈ります。で、一人遊びの仕上げは由比ヶ浜の石垣で岩登りごっこします。では、また。

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2009年6月20日 (土)

きょうは山神社(やまのかみしゃ)詣で

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きょうも幸福に愉快にすごしました。「X」です。一人で丹沢の大倉尾根経由で塔ノ岳(1490㍍)まで登って、降りてきました。ああ、たのしかった。山の神さまにお願いして日傘(山全体を覆う雲)を差してもらいましたので涼しく登れました。バンザイ。感謝。

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下山路でほとんど麓の地点で嬌声さんざめいたので立ち止まって覗くと「8125㍍ マナスル登頂 祝 70歳 」の張り紙が・・・す、すごいですね、70歳です。登頂記念パーティをお酒で乾杯しながらやっておられた。すごいのは三浦雄一郎さんだけじゃないんです。ニッポン人みんな元気です。.ニッポン人みんな、いい国に住んでいます。

Dscn12931_2 麓の大倉バス停歩く5分に在る「山神社(やまのかみしゃ)」・・知る人は知っている神気スポット。人はいない。夜は怖いかもぅぅ。参詣にふさわしい人かどうか黒っぽい老犬が検分に来ることもある。吠えられたらOKですが、年に一回くらいしか現れないようです。ぼく? もちろん吠えられまくりました(笑)。

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2009年6月19日 (金)

鬼さんの居ないまに洗濯

お知らせします、”母”ひろよは当分留守でございます。オォホホ、鬼の居ぬ間に洗濯・・・洗濯機に水を入れて洗剤をたらし、スタートONです。ン、なんか違いますね、鬼の居ぬ間に命の洗濯ですよね、シャツの洗濯じゃなくて、命の洗濯です! 心のびのび心を遊ばせ、命のひだにつもった埃を祓い清め、したい放題に、このひとときを過ごそう、ヤッホー(笑)。ン、なんか一人はしゃぎというのも結構おもしろそうです。

親族の祝い事を兼ねて”仏母”ひろよは生地である琵琶湖沿岸地方に出張っているのでございます。出立の前夜、あれこれ準備中のさいの会話・・・。

「えーと、忘れ物はないと、うん。細々した物はコンビニで買うわ。便利なニッポンになったわよねえ。全国どこへ行っても真夜中でもコンビは明るく光っているのよ」
「うん、まったく。でも、でも」
「なに?」
「”母”の村にもコンビニは出来たのか?」

「あ、うぅ、う、ない。でも! 村を出たらあります。出たら!」・・・「でも! 村のはずれの田園の向こうに新幹線もビューイィンと勢いよく走っています!」

そういう村へ向かってサイケデリックな色目花柄ワンピースに新鮮グリーンの皮のトートバックを肩にかけ真っ赤赤なカートをゴロゴロ引きずりながらベージュのハイヒールで出かけました。あ、額には一本の赤い傷、まるで早乙女主水之介、ご存知!旗本退屈男の額に傷のごとく傷跡をつけています。琵琶湖沿岸地方の皆さまご注意ください。寄らば懐中の剣で斬られますよ、あ、うそうそです。身体は斬りません。心の汚れを切り払うのです。念のため付記しますと額の傷は家の外壁におでこをぶつけこすった為でございます。恐れることはございません(笑)。 では、また、明日もブログジャッグつづけます。

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2009年6月11日 (木)

「蚊」に話しかけるコツ

蚊が一匹さん、白い腕に止まりました

おやおや、あなた立派な針を持っているのね~

蚊が首をかしげました

おやおや、どうするの? 刺す?

蚊がそっと皮膚を針で撫でています

いいわよ、どうぞおおおぉぉ、でも、ちょっとにしてくれる?

蚊が針の先を皮膚に入れました

おやおや、おいしい、わたしの血?

蚊が振り向きました

おやおや、もういいのぉ、ゆっくりしていってもいいのよ

蚊はあわてて飛び立ちました

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”仏母”hiroyotoと「蚊」の会話を書き留めました。「X」です。

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こんな調子で話しかけていると、刺されても痒くないわよ

こんな調子で話しかけていると、蚊が減ったわよね、今年は

蚊の仲間たちに噂がひろまったのかしら

どうもヘンだよ、敵じゃないみたいって

ね、蚊を、敵とおもうから襲ってくるのよ

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。^^ では、また。

↑時には笑う夢も・・

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2009年6月 6日 (土)

懐かしのD・キャラダイン 燃えよカンフー! に学ぶ

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敵とおもうから敵になる・・・答えだけを求めない。質問の意味は理解しても・・・スピリチュアル・アクション、懐かしの「燃えよカンフー!」主演のデビット・キャラダインさんがタイのホテルで怪死(自殺or事故死?)されました。カンフーの達人クワイ・チャン・ケイン役で主演の個性派俳優です。すでに72歳。うわあああ・・・わたしhiroyoが若きキャラダインさま(写真)に出会ったのは女子校(浄土宗・京都華頂高校)2年の頃の深夜テレビでございました。30年、以上も、はるか前です。

お寺(実家)の庫裏居間で家族はとっくに寝静まったあとのテレビの白く光る画面の中で繰りひろげられるスローモーション・アクションに固唾を呑んでいたんです。

中学で長い長い爪楊枝の木枯らし紋次郎にときめき、高校では長い長い横笛のアメリカ版紋次郎、燃えよカンフーに出会いました。苦悩、憎悪などの揺れる感情から抜け出して、怒りも笑いもしない男性がわたしの好みのタイプ・・・ではありませんが(笑)。恰好いいことは恰好いいとおもいます、今でも。

カンフーの達人クワイ・チャン・ケインは旅ガラスです。あるとき悪漢から「この穴の中へ入れ」と要求されます。地面を深く掘ったその穴には毒蛇コブラがうじゃうじゃいます。しかしケインは正統派カンフー流儀のやわらかい身のこなしで音も立てずにふわりと穴の底に飛び入りますが、コブラたちは何の反応しません。しずかにケインの存在を存在として認知します。しかし敵としては認知しないのです。なぜなら、ケインはコブラを敵とおもってはいない。敵とおもうから敵になるのです(よい子も大人もはマネをしないでくださいね、言わなくても誰もマネはしないとおもいますが)。

このエピソード、実際の話、現実にもあります。アメリカ西部の話です。

猛毒蛇ヒシモンガラガラヘビは襲う相手を選んでいた。白人には噛みつくが先住民を襲うことは皆無といっていいくらいだった。(注・「動物はすべてを知っている」J・アレン著・上野圭一訳135P参照)・・・白人とガラガラヘビとの間には生きるか死ぬかの全面戦争状態があったが、先住民とのあいだにはそんな戦いの歴史はたえてきかれなかった。

敵とはおもわないと敵にならない。もちろん理不尽に相手が仕掛けてくれば火の粉を振り払わねばならないし、おのずと戦いになってしまうときがあるのも自然の公理、摂理かもしれませんが、おおむね、敵とおもわない相手は敵にならない。たとえば身に引き寄せすぎの軽い話しになってごめんなさいですが、「蚊」を相手にこれをやってみると、あっらららぁですよ。咬まれても腫れないし、あまり痒くないし、だんだん蚊が近寄ってこなくなります。ムカデさん、ゴキブリさん、蜘蛛さん、蜂さんもおなじですが、無理矢理の気持ではマネはしないでください。「蚊」でお試しくださいね。

と、それはさておき、「懐かしのD・キャラダイン 燃えよカンフー!」に話をもどしますが、このドラマの原案はブルースリーでした。ブルースリーは主演したくて原案を持ちこんだが断られ、失意で香港に帰りますが、のちの「燃えよドラゴン」シリーズで後生に残る俳優として世界的なブームを巻き起こしました。諦めなければ人生、必ずどこかで何かが起きるからおもしろいのだとおもいます。しかし、ブルースリーもD・キャラダインもだれもおもわなかった形での死、あの世への旅立ちとなりました。

でも、二人とも「欲望」という名のエネルギーは消してはいない旅立ちだった。あの世で「燃え方」のいろいろを話し合っているかもしれません。盲目白眼の僧、ケインの師匠に、、、敷きのべたやわらかい白い紙の上をしずかに音もたてずに歩けるか、、、などと割って入られているかもしれません。この世で修行をつんだ人はあの世でも修行をつづけることができる。この世で学ぶ努力をつづけたことは、あの世でも学びつづけることができる。そして、その延々の継続は、生まれ変わりの来世でさらなる天才として大輪の花を咲かせる可能性を秘めているのです。 

輪廻転生(りんね てんしょう)に興味ある方は、、

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2009年6月 1日 (月)

今は好況? 富士御室浅間神社

Dscn12481 神威稜々 富士御室浅間神社里宮

5月末日、日曜日、河口湖畔の富士御室浅間神社で「金勝要神(きんかつかねのかみ)様御降臨神事」が神主濱陽一先生により厳かに華やかに執り行われました。濱先生ありがとうございます、神社里宮(さとみや)境内に張られた結界のなかに入れていただいた不思議な出会いを幸福を同席の参加者のみなさまともども充分に噛みしめました。ありがとうございます。

Dscn12401 金勝要神 降臨神事

神事中はずっとわたしhiroyoのサハスラーラチャクラ(百絵・頭頂部)が心地よい刺激を受けつづけました。活力をいただいた。そう感じました。「神様に降りていただく神事は生まれて初めての体験でした」「感激です」「濱先生のお言葉一つ一つが身にしみました」「このような神事は日本初の神事ですね。奇跡を呼ぶ秘祭ですね」etc・・みなさまの声がわたしどもの元へ早々とどいています。うれしいです。

Dscn12621 濱陽一先生

なにやら世間様では「100年に一度の不況」ということのようですが、この日の富士御室浅間神社のhiroyoの周りは「100年に一度の大チャンス」の嬉しい楽しいエネルギーが渦を巻いてはしゃいでいました。今は、もしかして好況? もちろん社会知識深い賢人の方々にはそしりを受けそうですが、不景気、景気が良い・・・は個人レベルでは個人のおもい、念、エネルギーが引き寄せるものだとおもいます。

つまり、いい念、いいエネルギーの渦に乗れば、不景気よどこ吹く風の楽しいエネルギーと添い寝できます。現にこの不束わたし、不束(ふつつか)ながら嬉しいことがあいついでいます。わたしの周りにも良い良いお話が集まってきています。良いエネルギーのお助けを得たい方はどうぞお越しください、と、我田引水(笑)。もちろん不束わたしですから過去の大失敗深傷(ふかで)多々ございます。でも、でも、深傷であればあるほど癒えたときのプラスエネルギーの一気上昇はすごいです。

そして、その上昇をお助けしてくださるのが神々さまです。

金勝要神さまの「要」、かなめという字は”かね”と音読されていますが、字をよくみると「西」に「女」ではありませんか! じつはhiroyo神秘体験のなかでももっとも印象深く強烈なのが、まこと強い黄金色の放射をからだに浴び、”西の女”! という意味のご託宣があったのです。笑ってください。「沈む夕日を上げなさい」と言われました(笑ってはいけません、といいつつ頬がゆるみます)。念ずれば、、夕日も、、朝陽に、、

さはさておき、濱先生、過去メルマガに「神霊界の秘密を明かしたときは およそ風が吹いたり雪が降ったりします」「母なる地球の息吹の禊(みそぎ)」(神秘の福袋6号2005年8月1日)と記されていますが、神事、直会のあとの帰路夕方、一瞬の大豪雨が沛然で車のフロントガラスが何も見えなくなり、路面はたちまち川の流れようになりました。母なる地球の息吹の禊(みそぎ)・・恵みの雨、雨。しかし雨が上がるともう何事もなかった日常の風景です。

車、大渋滞を霊知したのか予知したのか当たり前の予感なのか、大子ども「X」めは富士五湖有料道路須走料金所を出た直後に大胆にも不意にUターンして逆走一番星ぃ~などと再び山名湖へもどり、「紅富士の湯」(湯船から富士山が一望、絶景のはず)で湯につかり、うたた寝をし、ゆったり午後6時過ぎに帰路につくと、あらま、渋滞まったくなし、すいすい。いつもは横浜町田インター経由なのに、ずっと手前の秦野で降りてひたすら海岸ルートでこちらもすいすい、帰ってNHK[天地人」を余裕で、そのあとは、電話でのセッション3人さま連続で3時間、あらま、まことに、楽しい充実の良き一日でした。ありがとうございます。

神託kamakura鎌倉

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