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2010年1月

2010年1月24日 (日)

みけちゃん靖国神社にも出現! オーマイゴッド!

「X」でございます。(ペケではなくエックス)。

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「空をつくよな大鳥居」と歌われた靖国神社大鳥居・・・

この前を当家、天国在のみけちゃんがひょこひょこと小走りで左から右へと・・・

オーマイゴッド! 「みけちゃん、だ、!!」、bokuが叫ぶと、

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”母”hiroyo忙中歓喜中につき長閑(のどか)人めざす「X」代筆参上御免。

あ、ところで、全然別なお話ですが・・・

小沢一郎民主党幹事長疑惑関連で逮捕された石川知裕衆院議員(36)の弁護士・安田好弘氏は「オウム真理教」の麻原彰晃の弁護士(山口県光市母子殺害事件被告の弁護人)。 また幼児殺人事件で冤罪無罪になった菅谷利和さんの身元引受人で冤罪を訴え続けた西巻糸子さん(元通園バス運転士)は市民活動家「オウム真理教信者」の生活権を考える連絡会発起人メンバー。おや??おや??必然か・・・。これ以上は書きません。石川容疑者はすべてを話して楽になってください。菅谷さんは今後を”憎しみ”ではなく”喜び”の中で生きてください。喜びは喜びを引き寄せますが、、、余計なおせっかいかニャン、ニャン。

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2010年1月18日 (月)

仕事で怒られ気を失う・・・霊障

親の代から霊能者と親しいのですが、先祖代々に何か特殊な障りがあるかどうか調べてください。月日がかかっても構いません・・・会社オーナーAさん(45歳独身)が鎌倉佐助のhiroyoをお訪ねになったのは三年半前のことでした。以来、霊的なお預かりのうえ、ずっと定期的にhiroyoの元へお越しいただいています。Aさんのことで明日、更新、と書いて一週間経ちました^^、、すみません^^。先週文末予告の「この世に不思議なことは一つもないのだよ、○○クン」の○○さんはAさんのことですので、では。

Aさんは、立ち居振る舞いに、折り目のあるオーソドックスな男子で、お仕事はIT関係のプログラマーです。お顔のはなつ雰囲気にご先祖さまの累積したおもいや伝統を感じますが、ご本人が気にされるように、現世でそれがいい影響となっているとは言い難い、雰囲気はございました。しかし、それをご先祖因縁の障りと感じつづけるという霊的な感力もおありだった。ですので、「霊能者への道をお望みなら・・」と話をむけてみましたが、「いえ、滅相もない、それは考えません」と即座に答がきました。親御さんの霊能者交遊という身近な体験がおありになるからこその実感のこもった返答ぶりでした。

もちろん正解です、その通りです。現世で能力を発揮することが人々の、人類の、幸せ発展繁栄に寄与する王道ですね。霊能者を生業とする者は「王」ではなく「陰の世界」、現世をたくましく生きる現世能力者のサポーター、よくてコーチ、先生にすぎないのです。この世を変える実力者、実践者ではございません。わたしhiroyoができることも、あなたさまを支え励まし、ときには叱咤のいきすぎもありましょうが、とにかく、この世を心地よく楽しく感じ、この世のために能力を発揮していただける身心に”上昇”していただくことです。

現実問題、Aさんは次のような症状をお持ちでした。

・重度障害者の方が現実にしょっちゅう不意に目の前にあらわれる。
・仕事中に取引先に罵倒され体が硬直し気を失う。
・ヒステリックな母親に不安を感じつづける。
・ひどい頭痛に悩んでいる。
・仕事が嫌になり、止めたく(廃業したく)なる。

依頼を受けたわたしは、依頼事項に優先順位をつけます。あれもこれも重要なのでよろしくお願いします、と言われましても、そうはいかないのです。もちろん依頼者はすべてを改善したいのですが、すべてを狙うとすべてに中途半端になりがちです。ですので、まずは何が一番かを決めます。じつは優先して選んだ一つ、一番目が解決をはじめると、じつは二番目三番目が良い方向にうごきはじめることが多いのです。

Aさんのケースは過去世が足利尊氏の係累でそれはむつかしい難問山積ではありましたが、それこそ、時間(月日)をかけた心霊、霊的サポートを繰りかえしました。効果が出ているのか、いないのか判別できない時期もありましたが、Aさんは現象面への疑いはもっても、わたしhiroyoへのご信頼は厚く、ゆえにわたしも心地よく、目には見えない、サムシングワールドとの端境を超えたり戻ったりすることができました。

霊的な事情をつまびらかにするのは避けますが、Aさんの現在は三年前とは大違いです。この正月明けにも鎌倉佐助までお見えになりましたが、声の質まで明るくなっておられました。昨年末には、大口取引契約先から契約延長の願いが、向こうからあったとおっしゃっておられました。一度は契約打ち切りと決定した案件でした。「年末にこちらへ伺うと”ほらねぇ”と言われるのがくやしくて^^ いい話はお正月に」と、その効能(霊的な)にすなおに、しかし永年のナナメ目線をすこし茶目っ気ほどに残した反応でした。

それにしてもAさんの最大の変化は「会社経営者としての矜恃、自覚」が外見にもあらわれてきたことです。Aさんは会社を父親から譲り受けられました。継承者には創業の苦労はないものの、それだけに仕事へのエネルギー総量が小さいことが多々あります。創業者は苦労というプロセスの中で筋肉が鍛えられるが、継承者は筋肉トレーニングなしで晴れ舞台に立つような困難さもありますが、Aさんはまちがいなく変化されました。

現実問題、ご先祖代々の霊障を継承ということもあります。由緒ある家系ゆえにさまざまな、おもいもよらない霊障を引き継いでいるケースもあります。基本的には祓い清め、浄霊、除霊、祈願は行いますが、最も大切なものは何かというと・・・継承は霊障だけではない、”霊福”という福もじつに多いということですね。その福、霊的幸福のおかげさまでこの世に生かされている。Aさんの事例では、具体的な「会社」の継承という”福”をいただいています。むろん、その”福”をどう扱うかは継承者Aさんの裁量ですが、霊障もふくめたすべての継承に対してどのような行動をとるかによって、代々の障りも福も変化(へんげ)します。

要するに、先祖や前世の霊障継承は、先祖や前世から放たれたピンポン(卓球)やテニスのボールと同じようなものなのです。現実に生きるあなた、わたしがそのボールをどんなふうに打ち返すかによって霊障も霊福に変化してゆくのです。ご先祖や前世は「死」を境に切れているのではなく、魂は、永遠不滅に連関、つながっているのです。

こちらが打てば響くご先祖、前世の因縁、カルマ。

こちらが楽しい、うれしい、気持で日々をおくれば、それは、ご先祖、前世の因縁、カルマの諸々にとても良いボールを返球したことになります。

できるだけ柔らかく感謝の祈りをこめてそのボールを相手(先祖、前世)の打ちやすいところに返してあげてください。相手のミスを誘うような打ち方はゲーム、スポーツですよ。霊的な遊戯は、伝統的な蹴鞠でもわかるように相手の打ちやすいところ、タイミングでボールを運び、相手の長所を引き出すのが作法です。

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2010年1月12日 (火)

『姑獲鳥の夏』(うぶめのなつ) 映画-霊的に弱い人はご注意

赤児をさらう唐土(中国)の妖怪鳥をテーマにした『姑獲鳥の夏』(うぶめのなつ) -京極夏彦原作映画をTUTAYAレンタルで久しぶりにみました。気の優しいお方や霊的に弱い人、霊的関心がありすぎる人、神経繊細過敏なお方、妊産婦などには不向きかもしれませんね。わたしは、とってもおもしろく楽しめました。

「この世に不思議なことは一つもないのだよ、関口クン」

古書屋・神官・拝み屋、、三つの顔をもつ博学陰陽師「京極堂」の決めぜりふがなんとも爽快です。怪異な事件を「憑きもの落としの術」で解決します。もちろんフィクションですが、祓い清め、厄除け、憑きもの落としなどの作法、術がきわめて本格的で正確に描かれていますね。それだけに霊的関心が途上のお方がたは、観てヘンになってしまう事態もあり得ます。しょせんエンタテイメント、娯楽ぅ、と単純明快にフィクションをたのしめるお方がたは何のご心配もいりませんが・・・。

でも当家には生来天然霊魂ダイレクトのような大子ども、頭部手術以後左耳失調の聴覚障害「X」がおりますので少し警戒しました。耳が聞こえつらい「X」は音量を最大にしても観ている最中に何度も何度も「いま、なんと言ったぁ??」と俳優のセルフをわたしhiroyoに確認しますが、そのうち集中力が不意にきれるのか、「あ、あ、眠たい・・・」とつぶやきながらのけぞって昏倒昏睡し観賞を中断する始末が三,四度もありました。昏倒昏睡しても良い環境での観賞をおすすめします。^^) ふふふふ~。怖い?

じつは「X」のように昏倒昏睡してしまうタイプは脳記憶が残らないので心配はそれほどありません。しかし、社会的に活動が出来る優秀な人ほど、脳記憶が残存し、その記憶が日々の暮らしの中で同種のものを”引き寄せる”方向に働きがちになります。プラスの良いことで良いことを引き寄せるのはいいのですが、反対にマイナスがマイナスを引き寄せることも多々あります。凶悪事件に関心をもつと凶悪な事件と出会ってしまう。厭なものに注視すると厭なものに縁ができる。悪霊の払い清め方に興味をもつと悪霊を引き寄せる。失敗した人をみて自分はああならないようにと思いすぎて同じ失敗をしてしまう。被害者心理におびえると被害者になってしまう。ご注意くださいね、「引き寄せの法則」。

『姑獲鳥の夏』(うぶめのなつ)で上述の主人公「京極堂」がこう言っています。

・・・僕たちは現実世界にいるわけだが、現実そのものを見聞きし知覚しているわけではない。僕たちが聞いて嗅いで触っていると思っているこの世界は、すべて脳の中で形作られたものだ。・・・あやかしの形を決定するのは生きている人間。すなわち”あやかしを見る方(あやかしの形を決める)なのだ”と僕は定義します・・・呪いは脳に仕掛ける時限爆弾みたいなものさ・・・

脳に仕掛ける時限爆弾。記憶力があればこそ効く呪いです。普通に生きてゆくには記憶力は必要です。だからなお悪霊の呪いもあり得ますね。ですが、脳(記憶力)を切り離しては生きていけない。脳なしで生きてゆくのはなお辛い。映画『姑獲鳥の夏』(うぶめのなつ)は、「おしょぼ(讃岐でいう死亡した子供の妖怪)筋の憑きもの」で人を殺す呪いを拝み屋「京極堂」が作法にのとって祓います。

謹請山弓甲鬼大神(きんせいさんきゅうこうきだいじん) 

この座に影向(ようごう)し

邪気悪鬼を縛り給え 当久遠寺家に沮滞を為すものを此の処へ納め給え

(神様にこの坐に降臨・影向・していただき悪鬼を祓い縛る呪文)

映画のラストはうつくしもあやしい紅蓮の炎が天に舞い上がります。「姑獲鳥(うぶめ)は中国では人の子をさらうが・・・日本では人の子をさずける伝説にすり変わった」と京極堂が解説します。なるほど、中国では悪鳥でも、日本に来ると変わる。日本の風土の本来的な和み好みのやさしさが唐土の鳥まで良い方向に変化(へんげ)させてしまうのです。そう思いたいのですが、どうでしょうか。私的ですがこの映画との久しぶりの縁は、ある女性の願いを叶える方策とのご縁のように感じ、さっそく祈願祈祷を行いました。

思ったらすぐに実行しないと神さまご縁は遠ざかるばかりとなりますので。

・・・明日は・・・「この世に不思議なことは一つもないのだよ、○○クン」といいたくなる素敵な人格ながら悩みつつ生きておられる会社オーナ○○クン(男性独身45歳)の実例をご紹介したいとおもいます。明日? あしたはあしたの~  では、また。

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2010年1月 7日 (木)

七草粥で日本の護国平安を祈りましょう

おはようございます。今朝は未明、朝の鳥がさえずり出す前、暗いうちに起きて七草神事を行いました。未明混沌、早朝、ぐぐっと冷え込んでいましたね。

日本での七草粥はもともとは護国平安、家族幸福を祈る神事(自然神、八百万の神々への祈り願い)だったのです。一家の主(あるじ・奥さま可)が新春の七草(芹セリ、薺ナズナ、繁縷ハコベラ、御形ゴギョウ、仏の座ホトケノザ、鈴菜スズナ、蘿蔔スズシロ)を俎板マナイタに並べ、神前(あるいは仏壇。神棚・仏壇がないなら、ここと決めた場所で良い)に供えてから、祝詞(仏教寺院では宗派の経を)を奏上します。そのあと、鳥追い囃子・・

七草なずな 唐土の鳥が、日の本(ひのもと)の地に、渡らぬ先に、バタバタ(あるいはストストン・・)

・・を歌いつつ、バタバタ(あるいはストストン・・)に合わせて長包丁で七草を刻みます。囃子歌を七回、一回につき七回、合計49回包丁を使い七草を刻みます。歌詞は各地方により多少異なるようです。歌詞の意味は、唐土(中国)の災い鳥(悪鳥、凶鳥)が渡って来る前に追い払っておこう、凶兆は日本へ来て欲しくない、という願いを込めたものです。中国シンパの方々、アジア系シンパの方々は気を悪くなさらないでくださいね。どんな高度な文明でも高度とは裏腹なマイナス、凶を持っていますよね。そんな凶を恐れた古(いにしえ)の日の本の民の感情をこの囃子歌は表しています。

遣唐使、遣隋使のことばが示すように、古代中国文明からわたしたちのご先祖はたくさんのことを学びましたが、しかし、やがては國を閉ざします。てっとりばやく言ってしまいますと、いいとこ取りをしたのです。それ以後の中国は文明衰退期にむかいます。日本の明治時代、中国は清の時代末期で国土はヨーロッパ諸国に操られていました。・・日本との戦争もあり、いろいろあって共産革命があり、現在の中国は共産党一党支配下のマネー自由経済導入という離れ業で国力(「軍事力)を強くし、中米2強時代と称し、周辺国(チベット、ウルグアイ)を侵略制圧、中国国旗掲揚、国家斉唱を強制しています。日本の尖閣諸島ばかりか沖縄本島も、もともとは中国領土だと教科書で教えています。

あ、あ、あれ? ま、お話脱線しまして、ごめんなさい。

要するに、七草なずな 唐土の鳥が、日の本(ひのもと)の土地に、渡らぬ先に、バタバタ(あるいはストストン・・)の囃子歌は現在のわたしたちへの警鐘歌にもなっているのではないか、ということです。アジア系左翼系の日本人や在日系の皆さまは、「日本」などという国境にこだわるな、偏狭なナショナリズムは危険だよ、と仰有いますが、でも海峡をはさみ国境を接している、現在の共産中国や韓国、北鮮などの国々は「反日」教育で日本を敵国にしていますよねぇ。韓国は親日家の財産を没収し、竹島を武力占拠し、対馬も本来は韓国領土だと韓国の国会で論じられています。

精神の悪鳥を育てて対峙してきていますよね。・・・

わたしの本音は中国に住む人、韓国に住むひと、北朝鮮に住む人、世界中に住む人と仲良くしたいのです。仲良きことは良き哉。でもでも、「日本」「護国」ということばの言霊は、いま、住んでいる住まわせていただいている此の地、郷土へのかぎりない慈しみを育ててくれる宇宙的なひろがりをもつ芸術性を象徴していることばだとと感じます。だからこそ、唐土の鳥ということばが表す「凶の鳥」は追い払ってしまいたいのです。

凶鳥のパワーは大きく、わたし一人ではとても太刀打ちできませんが、たくさんの日の本に住まう、護国をねがう人たち、皆さまと一緒になら、祈りは叶うのではないかと神事に赴きました。七草粥神事のあと清々しく霊気を吸いました。そして、お正月太り(!3㌔増^^)をものともせずに力餅入り七草粥をお腹いっぱいいただきました。ありがとうございます。

ちなみに「唐土の鳥」は文献的には古代中国伝説の姑獲鳥,夜行遊女(コカクチョウ,ウブメ),(ヤコウユウジョ)に該当します。亡くなった妊産婦が変化し、人の子をさらう、あるいは人の魂を持ち去るなどと伝承されています。この妖怪鳥をテーマにした『姑獲鳥の夏』(うぶめのなつ) -京極夏彦著は映画化されています。TSUTAYAにもあるので、もう一度観てみたいとおもいます。 では、また。

 

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2010年1月 1日 (金)

寿ぎ幸多し日本國豊穣祈念

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明けましておめでとうございます。日本國豊穣祈ります。寿ぎ幸多かれ。平成22年(皇紀2670年)1月1日未明4時すぎの日本初の元旦満月月食のうつくしさに二階西窓から首つきだし歓声をあげてしまい階下参道を宇賀福銭洗弁財天神社初詣へそぞろ向かう人の波をおどろかせてしまったhiroyo でございます。お月さまはひときわ明るい光を放っておられました。太陽光の反射ではなく、自らの芯奥からつよくつよくご自身で光っておられるようなまばゆさに拝礼いたしました。天空さまのお恵みに感謝です。ありがとうございます。

今年はどんな年になさりたいですか? どうなるかの疑問を発する前に、どんな年にしたいかをイメージで浮かべ、そしてそれに執着しないで、いま、心底からたのしめる、愉快になれることに夢中になれば、いい年になるとおもいます・・・寅年、八白土星、改革の年回り平成22年はそういう年なのです。楽しんでください。愉快になってください。ただし、大いなる価値への無礼があると停滞、手痛い憂き目にあうことになります。それもこれも人生ではあるのですけれど・・・。

執着をはなすってむつかしい・・・ようで、じつは誰でもできます。一つの練習方法を”秘かに”(笑)お教えいたします。たとえば、下の写真(於・銭洗弁財天)ですが、

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一万円札、千円札、ひらひらさせて燃やしている・・・のではありませんね、奥社参詣で水で清めたお札を乾かしておられるのです。ここで、あなたが一万円札を一枚、本当に燃やしてしまうのです!! わっあっあぁ 周囲の人はおどろいてお笑いになりますので、あなたも笑います・・・こんな愉快な初笑い・・・これも執着をはなす一つの方法になります。いえ、実行せよと言っているのではありませんよ。しかし実行できれば、その刹那、一万円札、お金への執着がはなれたという事実は神々さまの世界に記録されるのです。燃やすのがいやな方はお賽銭箱にそっと収めてもいいのですよ。

そういう累積があなたへの”ご利益(ごりやく)”になって即、返ってくるとは・・・じつは、いえません。え~、なぁんだぁ、ガッカリしないいでください。じつは、あなたの神々さまへの功徳(神々さまに喜んでいただく行為)は、どこかの誰かに”ご利益”となって与えられます。え、わ、すてきぃ! とおもわぬ幸運にあったときは、それは自らの努力もさることながら、それ以上に、どこかの誰かの功徳があなたにご利益となってもたらされたのです。

これを「ご利益の循環」といいます。神社、寺院、祈祷所などなどの人々が参集するスピリチュアルスポット(神仏霊魂)は、そういうご利益の循環の輪に這入る、入れていただくという深淵なる行為でもあるのです。回り回ってご利益をいただけるのです。もちろんこの世のパワーの根源の一つであります「我欲」、欲望は絶対必要です(忘れないで!)。しかしあせった我欲は「利益(りえき)」をもたらしても”ご利益”ではない。

ご利益はだれもが得をするけれど、利益はだれかの損失を背中に貼りつけているのです。この世に利益損失はつきものとはいえ、勝ち負けは避けられないとはいえ、だれも損失を出さなくても良い”ご利益”の功徳については僧侶作家の玄侑宗久さんが著書「観音力(かんのんりき)」でも触れられています。

利益よりもご利益を・・・新年早々、たいそうな説をつらつら書いてしまい、ごめんなさい。どうぞ、本年もよろしくお願いいたします。

 

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