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2010年2月

2010年2月27日 (土)

人間関係のはじまりは、それはお母さん

あなたが、わたしも、この世に生まれて、はじめて関係が生じる人間は、たった一人です、”母”です、お母さんですね。その関係はお母さんのお腹の中、胎内からですので、、体と体がつながる関係という強い関係です。紐帯の臍の緒が切れて外界に飛び出したときに、ここで母親との関係は具象から抽象に、つまり体と体の具体から心と心というイメージの世界にかわります。

一番苦手なのは   

    一番苦手なのは

     おふくろの涙です

    何もいわずに

     こっちを見ている

              涙です

                (サトウハチロー 詩)

抽象はどこまでも広がり、そして、さ迷います。母へのイメージもそうです。この世の中のあらゆるトラブルも心と心のトラブルです。体と体がつながっていない状態での煩悶という抽象がすべてのトラブルの起因ですね。ですから、人間関係でさ迷ったとき、社会生活で混乱をきたしたときは、関係の関係、関係の原点であるお母さんとの関係をおもいだしてみましょう。そう言うだけで、えっ!? ダメです、ワタシ、母との間には辛いことがあって・・・とAさん(30代女性)は泣き出されました。Kさん(30代男性)も、えっ? その必要はないと思います・・・とご立腹までされました。

でも、あえて想い出しましょう、お母さんを。トラブルから抜けたいと本気なときは。。イヤダ、絶対にイヤダ、と断固拒否される人は・・・それもアリではあります。トラブルの中に飛び込んでトラブルと格闘しつつ現実的に対処しながら克服する方法もあります。その方が現実対処法としては現実的な場合もままありますが、それもいいでしょうが、しかし、母親との原点をみつめなおす霊的な対処法もなかなかビューティフルなのです。^^

話せば(書けば)長くなりますので要点の一つだけをお知らせしますね。

それは、いくら腹の立つ母親であたっとしても、その母の長所を思い出し、書くなり、口に出して言ってみます。つまり、マイナス面を無視してプラス情報だけを引き出すのです。必ず思い出し笑い、あるいは、思い出し泣きしたくなるような良い感動シーンがあるはずです。そんなものはない・・・はずはありません。縷々マイナス面を述べることができるということは、縷々プラス面もあるのです。

この世の万物、万象はマイナスの数だけプラスが存在していると神さまはおっしゃっています。万物、万象の調和はプラスマイナスがイーブンで混在しているから強い。賢い者のなかにも愚かな者がい、愚かな者のなかに賢い者がいます。幸福のなかに不幸が、不幸のなかに幸福もあるのといっしょですね。要するにプラスに焦点を当てプラスを引き出すかマイナスに焦点を当ててマイナスを引き出すかの違いです。

人間関係の原点、お母さんとの関係でおだやかに笑えたら、トラブルつづきの人間関係などに必ず変化が起きます。

どうしてもお母さんとの関係で笑えないなら、然るべき人を相手におもいっきり愚痴をこぼしてください。母はこんなに悪いやつです、あんな女は大嫌いです・・・言い尽きたら、きっと和やかな思い出がよみがえります。それだけ強いマイナスがあれば強いプラスもあります。生母がわからない人でもプラス面を霊的(スピリチュアル)にみることも可能なくらいです。あきらめないでください。

・上述の詩は次のようにつづきます。

     その涙に

      灯りが

      ゆれたりしていると

     そうして

      灯りが

      だんだんふくらんでくると-----

             ----これが一番苦手です

・こんな詩もあります。

   そッとはいってきて

      そッとはいってきて

      じッと顔をみたわたしのサンタクロース

      プレゼントを枕もとにおくと

      夜着のすそをなんどもたたいた

      わたしのサンタクロース

      ヒゲのないわたしのサンタクロース    

 

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2010年2月22日 (月)

人には進むべき道がある

作家司馬遼太郎さん小説の「坂本竜馬(龍馬)」の名言・・・『人の世に道は一つということはない。道は百も千も万もある』・・・いいことば、ですね。おりにふれて思い出すとき、その折りにはまると千万萬万の味わいふかいことばとして、胸に入ってきます。しかし、何かに行き詰まったときの、その折りに、「この道のほかにも、すすむ道はある!」と短絡的に感動してしまうと、神さま霊的(スピリチュアル)には余りよろしくない罰点、お仕置きが降りてきます。おお、こわいです、お互い注意しましょうね。

それは「何かに行き詰まった」というその折りの状況から、ただ、ひたすら撤退し転身する失敗です。転身のベクトルに自分の意思や行動を向けてしまいがちになる失敗です。う、へん? 道は千も万もあるのに、、転身し、あらたなる可能性に賭けてみたい、と。むろんケースバイケースですから即、撤退転身がベストの場合も多々あります。

でもその場合でも「行き詰まった」状況への光の照射という経過が必要なのです。簡単に言うと、その状況への感謝という前提です。感謝、感謝で何でもかたがつけば簡単だよな、と、斜めもようのことばを吐きたくなるお気持ちもわかりますが、しかし、本心から、身を捧げるくらいの深い感謝のこころは、状況の「意味」をぬきには不可能なのです。意味とは、考える行為、思考のゆえの結論の一つですね。考えるんです、一生懸命に考えるのです、なぜ? この状況に自分はあるのか、この状況にどんな意味があるのかを考えます。

意味のない状況はない。意味を考えるのは人間の得意技です。

17世紀フランスの思想家パスカルが「人間は考える葦である」と言っていますね。風に揺れる沼地の弱い存在のような葦草のよう存在かもしれないが、でも「考える」という行為の繰り返しで人間は人間であり人間力を身にまといつづける。考える存在だから人間は人間の証明をこの宇宙の中で成し遂げるのだ。こうして人間は社会を築きあげた。

ところが、わたしたちのような霊的な仕事に従事させていただいていると、その答えが、一瞬のように舞い降りてくることがあります。視えたり聞こえたり感じたり突然確信したり、非日常的な神さま伝えで降りてくることもあります。・・・なーんだぁ、考えていないジャン、、。それどころか、わからないことは考えるな、と神さまからお叱りをうけることもあります。・・・ほぉー、霊的なお仕事の人は考える頭脳が弱いんジャン、、。(笑)。でもでも、じつは神さま伝えなどの霊的な現象をさらに、じつは考えるのが霊的な仕事専従者のみえざる最も重大重要な仕事なのです。この部分は床下の縁石や柱にあたります。この部分がおろそかになると霊的な能力は下方し縁日や商店街の福引き回転箱の程度になってゆき、やがて従事できなくなります。じつは、わたし程度の頭でも、みえないところで、う~んと唸りながら考えてはいるんです。おほほ^^。

意味がわかれば状況に光が当たります。こころの底から、ああ、ありがたい、とおもえたときにこそ次の状況に光があたります。それは転身の場合もありますが、現状のまま現状を飛躍させる方向に光が当たることも多いのです。かつて、あるとき・・・わたしhiroyo自身に対し、ふいに、神さま伝えが降臨したことがありました。それは、

道のない道をすすめ、歩め。その先に神がひかりを照らす。

こうして今このような占いを含む霊的なお仕事に従事させていただいているのです。道のない道は、ありていに申しますと道を踏みはずす生き方です。ふつう道を踏みはずすという表現は悪の道、ですが、神さまが悪の道を照射なさるはずはありません。道のない道は茨の道です。登山好きなお方^^によりますと登山は道のないところを行くのが最高にこわいけれどおもしろ、ワクワクするそうです。野バラの棘に服は切り裂かれる、足元が崩れる、はては猟師の仕掛けた捕獲わなにビクつく、とつぜん断崖絶壁が・・・でも、これがおもしろい・・・はたして、あなた様の進むべき道は、どうでしょか。いずれにしても、

人は誰でもその人の輝きひかる道が必ずある。

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2010年2月16日 (火)

立松和平氏(作家)鎮魂の霊旅へ

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作家・立松和平(たてまつわへい)さんの在りし日のお姿です。謹んでご冥福を切に切にお祈り申し上げます。独自の語り口調やキャラクターは文学の外の世界の人々にも強い共感のふるえをもたらしました。数々の純文学作品ともども永遠に記憶され読まれ続けてゆくとおもいます。

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出てきました。
遠いようで近いようで遠い、ある束の間の記憶をさがしました。
立松さまからいただいた賀状です。1989年です。
絵は、ご長女山中桃子さま(現在絵本画家、イラストレーター)
momokoサイン、当時は中学生のはずですね。
 ありがとうございます。
 ご長男、林心平さまは高校生の頃だとおもいます。

1947年12月15日生まれの立松和平さん(本名・横松和夫)は、

本命星・八白土星 月命星・一白水星 宿命宮・震 空亡・戌亥

九星気学で観ますと大人になっても少々甘えたで子供っぽい。しかし、適職につけばたちまち自立した大人になるのが本命星八白土星の生涯運勢です。いったん適職をみつけると人一倍頑張りやさんですからたのもしい限りです。2010年は「難に遭っても騒がずに落ち着いてください」と出ていますが・・・もしかすると、これが今の立松さんからの家族や友人偉人知人その他の多くの方々への霊言、メッセージかもしれません。

霊的(スピリチュアル)に日盤(2月15日)で観ます。・・・あ、気にされていることがあります。仕事のこと、家族のこと、、、長男のこと、、、もう少し余裕があればいろいろと準備もできたのに、、、と少し永遠の別れにとまどっておられますが、、、すでにご先祖のあたたかい守護とお導きが滞りなくはじまっています。その先には明るい日のようなものが見えています。純文学作家として背負ってしまったテーマから解放され一転、野放図で愉快な快楽さえも当然の日常という世界に向かおうとされています。しかし、さらにその先の先はこの世に再び立松和平さん(横松和夫)として戻ってこられます。おなじ家系に戻り、現世でやり残した事柄を渾身尽くしてやりとげられます。

でも立松さん、そんなに渾身尽くさなくても、もっとお気楽に、不真面目くらいに、遊びまくるのもおもしろいですよ、と小悪魔的な誘いをかけたいくらいですが・(笑)、あ、すみません。失礼いたしました。

冒頭の写真は1986年に『ボクシングは人生の御飯です』(立松和平・光文社)を出版された当時のものです。同著186ページ以降に次のような印象的で今を暗示でもするような一文がありますので少し長くなりますが、まま引用させていただきます。

・・・・・
戦った者だけに憩いがある

 学生時代、ぼくは後楽園の競輪場前のレストハウスでアルバイトをしていたことがある。競輪場帰りの人は、勝っても負けてもレストハウスに寄ってビールを飲んでいく。ぼくは焼きソバをつくる係だった。そのころは、試合があると必ず後楽園ホールにボクシングを見にいった。
 ボウリング場ゆきの仄暗い階段を昇って四階までいくと、選手セコンド入り口とかいてあるペンキのはげた鉄の扉があった。扉の内側にはボクサー志願の少年が座っていた。ボクサーの名前を言うと少年は立ち上がって兵隊のような礼をした。ボクサーはぼくの友人だ。
 少年の前を過ぎると狭い廊下が左に伸びていて選手控え室がある。控え室のボクサーは落ち着いてベッドに寝そべり、後輩選手のマッサージを受けていた。鼻につくサロメチールのにおい。はりきって試合を待っている筋肉。むれた獣のにおい。
 ぼくは選手がリングに向かう入り口からホールに入ろうとした。静かだった。ホールに入ったぼくは、不思議な光景をみた。
 まっ暗なホールに一筋のスポットライトが伸びリングにいる一人の男を浮かびあがらせていた。男は背広を着ている。伸ばした背筋の上で首を垂れているではないか。厳粛な光景だった。
 そのとき、ゴングが鳴り出した。1つ、2つ、3つ、「カン」、「カン」、「カン」と高くて大きな音が、首を垂れた一人の男の上を渡っていく。音はあくまで歯切れのよい「カン」だった。余韻を引くわけでもないし、もったいぶった響きも伝えない。
 男は首を上げ、こんどはスポットライトの光源をさがす素ぶりをしてみせた。そのまま男は目を閉じた。5つ、6つ、7つ、ゴングの鐘が鳴り、10(テン)を終わったとき男はまた首を垂れた。
 一瞬場内の照明がすべて切れたが、すぐにリングの上の天井照明が点灯した。
 テンカウントが終わると、首を垂れた男はボクサーでなくなった。あるボクサーの引退セレモニーの中にぼくは偶然飛びこんだのである。背広を着た、元ボクサーはマイクロフォンに向かって簡単な挨拶をおくり、そして、おもむろにリングロープの2段目と3段目の間をすりぬけて客席に降りた。
 終わった。男はボクサーとしての生涯を終え、これからは元・ボクサーとして生きていかなくてはならない。「テンカウントは、世界一短い鎮魂歌だ。
 彼の戦う魂がすっかり鎮まったかどうかは分からない。しかし、彼は最後の鐘の音に洗われて幸せだったはずだ。元・チャンピオンにしか与えられないテン・カウントのセレモニー受けることができたのだから。ボクサーの中のボクサーだったのだ。
 10の鐘にまさるレクイエム(鎮魂歌)はないと思う。reqiem というラテン語は、「彼らに憩いを」という意味だそうだ。

・・・・・

作家の中の作家であった立松和平さんへの10(テン)カウントが1つ、2つ、3つ、「カン」、「カン」、「カン」と高くて大きく鳴っていくのが聞こえます。

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2010年2月11日 (木)

朝青龍事件の真相を占う・・・?!

朝青龍事件の真相を占う・・・?! 大こども「X」でございます。”母”hiroyoは朝からY子さんと霊的お話し合いを真剣に楽しそうにしかしかつ大笑い声を時折ひびかせつつ継続中なので本日祭日でのんびりだらだら愉快のbokuがこのブログを例によってジャックしました^^ヤッホー^^。で、朝青龍の問題です。きのうもきょうもテレビは辞めた朝青龍を追い回してハワイでうれしそうにゴルフはけしからんとか退職金が多すぎるとかで虐(いじ)めまくっていますね。

横綱が一般人を殴った・・・殴ったのはいけません。でも相手は「一般人」ではなく「やばい筋のお人」なのはマスコミ関係や事情通はみんな知っているのにテレビはまったく伝えませんねえ。広域組織暴力団との絡みもあるお方でして、ある殺人事件で警視庁にも調べられていたし、麻薬の密売が得意のお方でもあり、タレント酒井法子が夫ともども覚せい剤使用で逮捕された事件の背後にも取りざたされたお方でして・・・あ、文責は「X」です、”母”hiroyoはこの手の殺伐な話は不得手です、あ、すみません、、スピリチュアル系統のあなたさまもやはり暴力的な裏話はお好みではない?? これまたごめん。

でも朝青龍ばかりが悪いんじゃないということをお知らせしたかったのです。

いやでも、そういう暴力団絡みのやば筋とお付き合いがあるのはいけない・・・うっ、ま、そのあの、それを言われりゃあ・・・で緊急で角界を去ったのですが・・・でもでも、その筋と絡みが出来たのは、、、話は長くなりますが、、はしょって言いますと、これもマスコミ関係者ならたいてい知っているのですが、一時、民団(在日韓国人グループ)などが相撲協会に「朝青龍のクビを切れ」などと猛烈な抗議を繰りかえしたことがありました。イチローのファンで君が代も歌う朝青龍がある韓国人記者に「キムチ野郎!」と言い返したのがきかっけですが、民団だけでなく、これはお金になると右翼偽装の暴力団までが街宣車をだして相撲協会を攻めて攻め虐めました。

このとき相撲協会が毅然とした対応してくれればよかったのですが、協会が表に出ては損と計算したあげく、問題の処理(手打ち)を朝青龍と高砂親方に押し付けたのです。そうなると当然、さる筋、広域暴力団が複数からんできて、いろいろあって、仲介者がいて、お金も動いて手打ちになった。相撲という興行の世界ですから昔から地域を仕切る親分衆などとの交流もあって当然ですが、問題を複雑にさせ尾を引かせたのは日本人親分ではなく、外国人親分の仕切る組(在日系です)だったということですね。

高校生で日本に来て相撲界にスカウトされ横綱になった若者(29歳)朝青龍に日本の宿痾のような部分の責任をおっかぶせて、小沢一郎叩きの矛先外しに槍玉にあげるようなことに迂闊に乗らないほうが霊的(スピリチュアル)にも良いとbokuはおもいます。・・・でも、おもしろくも不思議なのは、小沢事務所からお金をもらっていたジャーナリスト、大学教授、評論家、タレント(フジTV小倉、勝谷、大谷、諸星、室井、etc)たちが朝青龍虐めに精を出しているのが滑稽ではありますね。取材対象や評論の相手から金銭を受け取ったことが判明した時点で彼らは辞任すべきだし、マスコミの報道セクションからは永久追放になるのが良識以上の常識なのですよ、この世界は本来・・・。bkuの先輩もそれで人知れず消えてゆかれました。

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2010年2月 4日 (木)

離婚、そして彼(元夫)と恋の復縁、、!

女性・39歳Aさんからのお便りです。彼女はフランス語や英語を話せる目鼻立ちくっきりの前世因縁フランス人系の美人さん。マゼンダーピンクなどの鮮やかな色合いがよくお似合いの知性的な方です。しかし、数年前に自らまいた不幸のたねで離婚にいたり、以後、なにをしても満たされない、なにをみてもなにかしら不機嫌になってしまうというメランコリーな日々をすごされていた。

初めて鎌倉佐助hiroyoの元を訪ねられた3ヶ月前は全身上から下まで黒ずくめデザインの衣服でした・・・。あっ、これは・・・と直感的霊的に感じたこともありました。

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媛玉籤さま、

ご報告したいことがあり、お便りさせていただいています。
彼から連絡があり、やはり私と一緒にいたいと言ってくれました!
また、二人で頑張ってみます。

正直に言うと彼に返事をするときに、これで本当にいいのだろうかと迷っている自分もいました。でも、久しぶりに会って一緒に食事をして別れた後、心の底から「これでいいんだ」と思え、心の欠けていた部分が満たされ、とても安心した気持ちになれました。
今まで味わったことの無い感情のような気がします。

仕事をしているときにも気づいたことがありました。
頭の中がすごく静かなんです。
もちろん、色んなことは考えているんだけれど、穏やかな感じなんです。
あまり余計なことにとらわれなくなったような気がします。
これが「自分が自分である」状態なのかな、と思いました。

今まで言われるほど大変な人生を送ってきた自覚は無かったのですが、世間の人はこんなに静かな感じで毎日を過ごしているのだとしたら、今までの私は結構大変だったのかも…と思いました。

3ヶ月もない期間でここまで幸せになれて、本当にありがたいことです。
今まで生きてきて、精神的に一番落ち着いています。
辛かったけど、人生を見直すチャンスをくれた彼に感謝です。
ご先祖様、守って下さっている方々、そして媛玉籤さまにも、もちろん感謝!です。
ありがとうございます。

ご報告が遅くなり、申し訳ありませんでした。
今年は、すぐに行動できるようになることを目標に頑張ります。
お忙しいと思うので、返信は不要です。
また、連絡させていただきますね。

                        A・Y

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文中の彼は離婚した元夫さんです。よかったですね、うれしいです、hiroyo(媛玉籤)の体温が二、三度上がるほどうれしくなります。ありがとうございます、Aさん、そしてAさん因縁の祖霊さま、そして海山空、天地人の神さま仏さま。

そもそもAさん悩みの不幸の中心にあったのは男性のつきまとい、男性といっても生きている人ではなく、はるかに過去世の霊、その男性霊がAさんストーカーになっていたのです。(霊的な話が嫌いな方は読まないで忘れてください。ごめんなさい)。その男性霊は純情一途なキャラクターです。彼女Aさんが恋をしても結婚してもつきまとってしまうのですからたいへんです。目には見えない霊的な作用ですから、もちろん彼女は気づかずに、しかも幸福感がさえぎられてきたのです。

たまにはあり得ますが滅多にはないケースなので,「もしかして私もそうかもしれない」などと安易に自己判定はぜったいにしないでくださいね。自己努力のばあいは霊的な作業はしないでリアルな現実的な努力をつづけられたほうが効果的です。とくに霊的に敏感な人ほど、現実的な対処をなさってください。不安や恐れを基底にスピリチュアル(霊的)に自己流儀で深入りすると大抵はマイナスがマイナスを引き寄せます。

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2010年2月 1日 (月)

心麗(霊)写真・・佐助稲荷神社 初午祭

佐助稲荷神社初午祭(2月1日)です。風雅な音曲に乗ってご眷属神の白狐さまも姿をお見せになられました。(心麗・霊・写真は例によって大子ども「X」撮影です)。

全天曇り空。写真上部ご眷属神さま(ホワイト)が、遅参した「X」にわたしhiroyoの居場所を教えてくださった(ピンクのサイン)そうです。

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神社拝殿左側。式典が始まって20分くらいです。

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佐助稲荷神社、元宮の岩座(いわくら)・・・原初(縄文時代)はここが祭典の場。「X」の移動にあわせてご眷属神さまもついてこられた! 

Xは、この岩坐前からの急な坂道を上がり、山道をハイキングし、大仏さま横に下り、長谷駅踏切を渡り、由比ヶ浜海岸に出て、海岸の石垣でロッククライミングごっこで身も心も浄化(本人主張・笑)、島森書店で山地図を五、六枚買い込んで帰宅、なにやら熱心に夢中に時を過ごしていました。 山々の神々、山神さまと会話していた、そうです ^^。

注・・・稲荷神社は伊勢神宮豊受大神さま(外宮)系統の神様です。旧習からあるように商売繁盛を願うのも良いですが、現在ではもっと広範囲に「仕事の神様」としてそのご神徳を称え深く感謝なさってください。

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