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2010年10月

2010年10月30日 (土)

奇跡の実話・・世にもふしぎな”母”へ感謝。

「X」です。ご無沙汰いたしております。いえ、はじめまして、とご挨拶するべきなのか、いえ、数名のお人さまやもろもろの霊さまにはお見知りおきいただいています。やはり、いや、ま、えい面倒な、あ、大こども「X」でございます。ひろよ”母”の説では、ぼくのお父さんは神さまだそうです。”母”は神さまとのお子を懐胎?ムニョムニョですよ、ね? ですから、奇跡の数々も当たり前というべきなのでしょうか。

数日前のことです。ぼくは”母”ひろよの お奇跡のお力 を目の当たりにしました。目の当たりとは「目の辺り(広辞苑)」「目の前で(明鏡国語辞典)」ですが、このたびの奇跡はぼくの「目」に起きた世にもふしぎな本当の話、実話、目の当たりにした「ぼくの左目」の奇跡です。目を開いてお読みください、目。あ、話、長くなりますので、この手の話に目の暇をとりたくない皆さまは、さようなら、お元気で。いつか、また、お会いしましょう、目。

さて、それは・・・

秋の長雨の晴れ日ねらいで富士山へ一人遊びに出かけました。10月27日水曜日です。朝8時ごろにクルマで富士宮ルート五合目到着。残念ながら雲厚く、風強く冷たく向かい風で息が詰まり呼吸困難、体が風にもってゆかれ浮き上がったりの愉快な一人登山でした。登山路はあちこち凍っていましたが、標高2800メートルで雲を抜け、天空は澄み切った青空です。もちろん山頂(写真)は氷点下です、大好きな山頂昼寝はできませんでした。

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五合目に降りてきたのは午後3時過ぎです。朝の雲は消え快晴です。山全体の木々に付いた水滴が氷結し、山全体が夕日を背に白く白くひかっています、冬景色への変化がはじまっていました(写真)。強い夕日を避けるためにクルマに置いてあったサングラスをかけました。わ、わぁ、まぶしい、なんだぁ、これぇ、わわ、まぶしい、

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異変が起きたのはこのときです。

夕日に向かいクルマを発進させた、そのときです。10数メートルで急ブレーキをかけクルマを車道隅に寄せました。左目がよく見えないのです。左目のサングラスに何かの汚れがついたのかと、サングラスをウエットティッシュでぬぐいハンカチで拭き、再び発進させましたが、またまた急ブレーキです。左目がヘンなのです。サングラスをとり、右目を閉じてみましたら、ありゃありゃ・・左目全体に白い紗(しゃ。うすぎぬ)をかけたような感じになっています。きちんとは見えなくなっていたのです。左目が、突然の白内障?! まさか、でも、見えない! 突発性、急性白内障!? じわじわ進行していたのに気づかなかったのではないか。う~ん、どうしよう。

迷わず帰宅です。幸い右目は見えていました。右目だけで急坂、ヘアーピンカーブの連続を下るのは刺激的でしたが、ぼくにしては慎重に慎重に下り、御殿場インターを目指します。途中で急に不安になったのは、このまま左目が見なくなったら、運転免許の更新が不可になってしまうのではないかと考えたときです。クルマは生活の足、ではないにしても、遊びの足であることはたしかです。遊びなくしてなんの人生哉、嗚呼(ああ)。いやぁ困ったな、弱ったな。思い立っての富士山お山遊びができなくなるぞ悲し、嗚呼。わわああ、こうなったら、も、やけくそだ、失明の秋ふかし、嗚呼。・・などなど煩悶のうちに1時間少々で御殿場インターを入ります。夕暮れです。夕闇が近づいてきます。

左目に眼球の底の方から痛みが上がってきます。痛い。左目が痛い。痛いのは苦手です。痛さには弱いのです。御殿場インターからあっという間の足柄サービスエリアにクルマを入れて一休みします。ああ、どうしよう。いや、しかし人生は繰り返す絶望との闘いである、うん、そうだ、困難にくじけては成功はあり得ない、ここは現状を受け入れて早くお家に帰ろう、そして明日の朝早くには全館リゾート風のおニューな鎌倉湘南病院に行こう、うん、そうだそうだぁ・・・痛みこらえて♪~、そのときです。お家に電話したら? あれ? うん。そうだ、そうしよう。幻聴のような幻想のような夢想のような夢想ではないリアルな感覚がやってきました。

買ってもらたばかりのdocomo携帯ソニー・エクスペリアを取り出します。

「もしもしぃ。ぼくです。左目が見えないんだぁ、痛くて痛くて」
「はいはい、どうしたの?」
「コレコレ、かくかく、シカジカ、ああなって、こうなって」
「夕日、きれいだったでしょう」
「いや、まぶしくって、なんだこりゃあ、とにらみつけたんだ」

「ま、それよ、それ! あやまりなさい」
「?? 」
「夕日さん、きれいです、うつくしいです」
「??」
「にらむのは失礼です夕日さんに。だから、”ごめんなさい、夕日さん、夕日さんはきれいです、うつくしいです”と今すぐに言いなさい」

「夕日さんはきれいです、うつくしいです! きれいです、うつくしいです!」

「そう、そうです。だいじょうぶですよ、もう」
「だいじょうぶ?」
「よくよく夕日さんに謝り感謝しなさいね。・・あ・・それから。。インタ-でゆっくり休みなさいね。ね」

”母”との通話を切ってから大声で言いました・・「夕日さん、ごめんなさい。憎くてにらみつけたのではないのです、あまりにうつくしくてきれいだったので、目がくらんで目を閉じてしまったのです。ごめんなさい。うつくしくてきれいな夕日さん、ありがとうございます」・・。

おやぁ、気分が軽くなります。痛みがやわらぎます。速効です。おや、おや。さらに”母”の言うとおりに休憩を長めにとります。ついでに足柄肉うどん600円をいただきます。これが美味しかったのです。そしてクルマに戻ります。もう日没です。夜です。エンジンキーをひねり、発進です。フロントガラスの向こうに目を向けます。びっくりです。

目が、左目の白濁が消えています。

左目が見えた。くっきり見えた。
左目が見えた。くっきり見えた。

足柄サービスエリアから厚木インターまで約30分、ずっと右端の走行車線を浮かれ浮かれですっ飛んで走りました。お”母”さん、ありがとう、ありがとうございます。心の底から愛の花束をささげますぅ。一生涯かけての御礼献金を申し入れましたら、きれいな100円玉一つ貯金壺にいれてください、と。わ、ありがとうございます。

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2010年10月25日 (月)

漫画(マンガ)で読む「高野聖(こうやひじり)」 

先の住職継職奉告法要に近江へ帰郷したおりのことです。年長の従兄弟(いとこ・お寺の住職)が言いますには、「ひろよちゃん、息子の栄順が漫画家デビューしおったのや」。え、あの栄順ちゃんが・・しばし、びっくり。お坊様になっているはずの彼が・・杲栄順(ひのでえいじゅん)ちゃん、ちゃんは失礼ね、30歳ですからね、杲栄順さん漫画家デビューおめでとうござます。うれしいです。マンガ「高野聖」(泉鏡花原作)おもしろかったです。

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原作の味を損なわず、かつわかりやすくおもしろく、一気に読みました。

「杲」と書いて「ひので」と読める人は普通はいないでしょうね。でも彼の本名です。浄土真宗仏光寺派寺院の代々住職の家系です。”日の出”といううペンネームはいかがとお節介の遠縁おばさんは思ったりしますが、泉鏡花という明治調古文体文のコミックには「杲(ひので)」という難読名前もあいふさわしいかもしれません。30歳で漫画家になると誓ってその通りになったのですから、さすが・・上人さま(親鸞さま)のお功徳・・いえ、ま、^^。

「高野聖」は僧侶に生じた煩悩(欲望)を俎上に、決して否定はできない欲望(煩悩)が生じせしめる妖怪変化、魔界と現界の混然とした生命の力を謳歌している、ようにわたしにはおもえます。おもしろいです。

”人間の欲望を否定しては人間の力は萎える”

・・煩悩積極肯定の愛染明王さまのお伝えです。

パワフルに活き活き生きたい人はどんな類の欲望でもいいですから欲望の炎を燃やしつづけて生きましょう。ただし、その欲望が刹那(せつな)せつなの、手短な直近の目の前のごはんばかりでは、「高野聖」にありますように、欲望入手のあとは、山深い孤屋(こや、一軒だけの家)の周りで野孤や狸や馬や蛙やフクロウや蛭(ひる)に変化し、人間として活き活き生きることはできなくなってしまう。わ、こわい? それとも・・それでもいい?。

活き活き生きたい人にお伝えします。あなたの欲望の糸をぐんぐん伸ばし天界の神さま仏さまに繋(つな)いでください。そうすれば、あなたの願い(欲望)は、世のため人のため、あなたのためになる甘露の雨、あまねく降り注ぐあなたへの快楽の雨となって降りてきます。

杲栄順(ひのでえいじゅん)さんの漫画、おもしろいです。

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2010年10月19日 (火)

世襲への非難には反対です

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いっとき世襲への非難がかまびすしかった。いまでも世襲批判を繰り返す人もおられるようですが、とんでもありません。畏れおおくも皇室を仰いでもわかりますように、うつくしき世襲は日本という国の文化文明の底に立つ、うつくしい心のみ柱です。世襲は継承です。継承が切れ切れになると文化文明は基部から砂崩れを起こします。この国のかたちの存続、”おほおみたから”(国民)の健やかな繁栄を希求される方はぜひ世襲という苦労多い継承をご理解ください。お願いいたします。

継承する資産はない、物はない、子がいない・・と無関心にならないで。たとえ文字通り裸一貫であっても、引き継ぐ子どもがいなくても、あなたは遠い親、祖先のその先の先の神々さま仏さまの「霊」の分け御魂です。霊はかならず、どこかでだれかに引き継がれる霊となります。その霊(命の素)を悲しめたり怒らせると障りになります。

鎌倉kamakura佐助のHiroyoでございます。四日間留守不在でご迷惑お詫びいたします。その間は生家のお寺で行われた「住職継職奉告法要」・・院主(いんじゅ・住職)引き継ぎの儀式・・に参加していました。わたしの実父住職(八十六歳)から甥(故・兄の長男二十七歳)への引き継ぎです。世襲です。実兄長男が若く亡くなりましたので86歳と27歳という年齢の開きがたくさんの引き継となりました。よかったとつくづくおもいます。

かつて継承まぎわだった実兄が不意に亡くなって二十年たちます。父や兄嫁や甥の姉妹、その他たくさんの人たちが、この日の来るのを待ちに待っていたのです。十年前、ふいに旅に出て戻らなかった甥・・あの甥が・・。兄の霊が泣いてよろこんでいました。わたしも、もちろん、です。老爺になった父の声もかなしみを越えた嗚咽を含んでいました。

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奉告法要は読経に始まります。

①まず、旧院主(父86歳)が阿弥陀如来さまの前でお経を奉ります。
②次に、旧院主が阿弥陀如来さま、ご先祖の住職方、参列の方々に、新院主に引き継ぐ旨のご挨拶を申し述べます。「・・四十年間つめさせていただきました・・」。
③次に、新院主(甥27歳)が引き継ぎ宣言します。「・・がんばります・・」。
④次に、新院主(甥27歳)が阿弥陀如来さまの前でお経を奉ります。

⑤さらにこの継職法要に併せて五十年に一度の「蓮如上人遠忌法要」。村内を色あでやかな七条袈裟の僧侶や門徒役員一同や家族、稚児が練り歩きます。
⑥さらに翌日、年に一度の「親鸞上人報恩講」が行われました。

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なんのために生まれてきたのか。答えは一つではありませんが、その一つはこの世の次の世代になにかを引き継ぎ渡すために生まれ生かされています。

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2010年10月14日 (木)

夜の守り。日の守り。 ご神霊のお力

急なお知らせ::15日(金曜日)~18日(月曜日)まで留守不在になります。申し訳ございません。鑑定予約メールへは「X」から返信をさせていただきます。

・・・・・・

みなさん、こんにちは、hiroyoでございます。ある人に、あなたのお仕事は何なのでしょうか、毎日なにをしているのでしょうか、と訊かれました。それは・・・ご依頼があった方々への、

夜の守り
日の守り

夜も昼も、これを、我が身でお引き受けすることなのです。稲荷大神秘文の一節にありますね。

七曜九星。二十八宿。當目星。有程の星。

私を親しむ。家を守護し。年月日時災無く。

夜の守。日の守。大成哉。賢成哉。稲荷秘文慎み白す。

(しちようきゅうせい。にじゅうはっしゅく。とめぼし。あるほどのほし。

わたくしをしたしむ。いえをしゅごし。ねんげつじつじ わざわいなく。

よのまもり。ひのまもり。おおいなるかな。けんなるかな。

いなりひもんつつしみもうす。)

夜の守り、日の守りと言いましても、目に見える現界の事象によるのではなく、いわゆる目には見えない大いなるご神霊のお力を、ご神霊のおことばを、お取り次ぎさせていただくのです。簡単にくだき言いますと仲立ち、仲介といったところでしょうか。誰にでもどなたにでも目には見えないご神霊によるご加護の力は入っていますが、当のご本人には、そのお力の現在のようす、有様まではわかりづらいのです。

場合によっては、ご守護のご神霊が疲労困憊されているときもあります。たいていはお力を使いすぎて「気枯れ(けがれ)」(穢れ汚れではなく、気が枯れる、元気の素が疲れてエネルギーの補充を必要としている状態)になっておられる。ちなみに”けがれ”の”け”ですが、ずっと大昔の日本人は”食物”のことを”け”と言っていたようです。け・すなわち生命の元、霊妙な力、ですね。ご神霊の霊妙なる力に衰えが来したら、当然ですが現界を生きるご当人も一時的にせよ「気枯れ」に陥りますので、それを・・

夜の守り
日の守り

・・・・

もちろん目には見えない世界です。究極は結果でしかないのですが、一定の希望的結果だけを念じすぎては結果が狂うという事態にもなりかねない。 え~!? と小首をかしげた方は・・・一歩、前へ。起立、礼。往復ビンタぁ、 いえ、冗談です。いずれにしましても、目には見えないものを信じるお力の依頼があってのわたしの仕事です。

目には見えないものを信じる力とは、物体と心(心霊)を分けてしまわない生き方ができているか、どうかでおおむね決まってきます。たいていの日本人は物と心の境界はあいまいですね。ロボットに名前をつけて親しみます。愛着の物品は単なる物品ではなく我が身の分身として付き合いますので、物品にも霊妙なる作用が働くとかんがえます。

物を粗末にしない。これが日本人の良いところですね。

ところで、

日本の漁師さんは漁船を我が身以上に大切にします。人にも舟にも海神さまの守護をお願いします。船にも加護をお祈りします。船という物体であっても、そこには心も霊も宿ります。船は大切なわが心です。チャイナの漁船漁師のように自分の船で船(日本の海を守る海上保安庁の巡視船)に激しく体当たりし、はしゃぎ喜ぶような物を(船を)粗末にする品性は日本人漁師さんにはありませんね。

もしも、ありえないことですが、日本人漁師がチャイナや韓国の巡視船に自分の船で自分の方から体当たりしたら、銃撃されて殺されても、日本人のほとんどの方々は同情はしません。自分の船を無謀な暴力に無定見に使ったのですから。でも、中国、チャイニーズは・・・。

あ、どうも・・・社会政治情勢には日々に疎ましくなるばかりですので、政治ネタ、として暴虐チャイナ漁師の件に触れたのではありません。もしも、あなたさまがご神霊の「夜の守り。日の守り」をお願いしたいのならば、基本的に「物を粗末にしない」ことを心の基底に置かれてからのほうが霊験はより大きくなるのはたしかですね。

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2010年10月 2日 (土)

うつくしき鬼無里その3 偶然ではない

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その3・・ところで、見知らぬうつくしき鬼無里へ、なぜ、このわたしが出かけることになったのか。不思議な合縁奇縁といいましょうか、たまたまのようでたまたまではない、偶然のようで偶然ではないのですね。ふつつかなこの人生もまたすべては必然の輪のなかで生かされているのだと改めておもいました。

長期お預かりのAさん(40代・事業経営者)は霊的な関心がふかく有能な霊能者ともご親交がおありだったのですが、縁あってこのわたしhiroyo(玉籤)に経営相談をかねた霊的な応援の依頼をなさったのです。さっそく、ご先祖、守護霊、土地神、霊系などをしらべさせていただいたのですが、おもわぬことがわかりました。Aさんは鬼道(わるくはありません)に入っておられたのです。その2で述べたように、鬼神は邪心ではない。鬼神さまは強く大きな力を持っておられます。味方についていただければ百人力です。しかし、その強い力に押されて生涯をつらぬける人は、この世では希人(まれびと)です。鬼神さまへの対応を間違えると破滅の方向へ歩んでしまいます。鬼道で行き詰まればその方面に礼節をつくし大神さまの照らす道に変更できればそれにこしたことはないのですが。・・

おなじくBさん(30代・女性)はインターナショナル(世界的)な仕事をなさっています。英語圏の欧米系会社から欧米系会社への転職にさいしてそれがスムーズにゆくようにとの依頼でした。うまくゆきました。さすがです。知性派ですがそんなそぶりやことばはまったくないかわいい人です。ふるいことばでいいますと才媛です。しかし、どういうわけか、ずっと以前から体が弱い。希望の会社で望む専門職種についているのに体調不全で長期休暇をとってしまいます。霊的なリサーチに入りますと深夜、わたしhiroyoの脳内映像に幾人かの子ども、幼子がはしゃぎ現れてきます。Bさんのご先祖で幼くして亡くなられたお子さまばかりです。さらに霊的なアクセスを繰りかえしわかったのは、そのお子さまたちがすべて鬼神(わるくはありません)さまにお世話いただき、とてもよくなついてもいます。ところがBさんの家系ではそのことに誰も気づいていないゆえに鬼神への礼節のある対応がまったくなされていなかったのです。

鬼神さまがらみのAさんBさん、その他の幾人かをわたしが抱えているのは、それなりの意味があります。これらのことを伝えても伝えるだけで終わっては意味はありません。お助けできなければならない。さて、どうしよう。・・・う~ん(^^

ふと気がついたら、鬼女紅葉の伝説に彩られた、この鬼無里の土地に、立っていた。

うつくしき鬼無里その1の冒頭写真をごらんください。このすぐあと鬼無里神社境内にあまねく沸き立つように涼やかで温かみのある風が一斉に舞いました。わたしは、ご神前で、

 鹿(しし)じもの膝折り、い這い伏せつつ

(鹿のように膝をおり・・這いつくばり)懸命にしずかに祈らせていただきました。ありがとうございます。

うつくしき鬼女紅葉は地元鬼無里では鬼女ではなく「貴女」として慕われています。つよい霊力で人々の心や病を癒やし、鬼無里の人のシンボリックな霊能力者として崇(あが)められ、やがては平将門の流れ残党の首領に祭り上げられますが、ついには朝廷軍と対峙することになります。戦闘中に討伐軍の大将平惟茂に弓矢で胸を射られ首をはねられました。首から上の頭部は空に消えたと伝承されています。紅葉行年33歳。紅葉の父親は、応天門の変で失脚し東北にながれた大納言伴善男の子孫です。・・ぜんとうひろよの善です・・母親の名は(きくよ)・・ひろよ(よ)と重なります。目には見えない大み力のお導きを感じますね。もしも、あなたが見知らぬ土地に魅入られたら、そのご縁をしらべてみると愉(たの)しいですよ。

なお、地名の鬼無里は一般的には鬼の居なくなった里と解釈されていますが、やまと古語の「な」は「の」の意味のようです。水無月は水の月、神無月は神の月(小野迪夫・神社本庁教学研究室長、金子善光・文学博士、中野島稲荷神社宮司・共著「祝詞必携」149P参照)。ですので「きなさ・鬼無里」は鬼の里、鬼の居る里と読み解くこともできますね。・・妖しくも美貌で幼くして読書、書、和歌、琴にもすぐれた才能を発揮した鬼女で貴女の紅葉さまにあやかれればほんに楽しく幸せだとわたしはおもいます。

上の写真は鬼無里資料館に展示の「鬼無里の屋台(山車)」です。撮影禁止ですので資料館パンフレットを転写しました。すごい山車です。柱にからむ龍は、柱と一体、一木から龍と柱を刻んだ・・!! 時価ン億円でも今や作れない。天才彫工北村喜代松、150年前の名作品です。これがお祭りでは通りを練り歩き鬼無里神社へむかいます。

うつくしき鬼無里

おいしいございました

熊さんのお肉 ^^

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