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2017年9月 7日 (木)

天一天上神について。その二番煎じ。

おはようございます。夫婦げんかも飽きた熟年のご夫婦むけの風水占い、とやらをお始めた方もおいでの当地(隣の市かもしれない)、かまくら、では、今朝は(朝六時)にはどんよりしていたお空も、いま(午前八時二十一分位)は、ご機嫌もよく、よく晴れています。

さて、天一天上神とは、むかしは方位の神様ではありませんでした。むかしといっても、それは太古の昔のことで、その時代は「天一天上神」とは言いませんでした。では、なんとお呼びしていたかというと、『天一天上天子さま』でした。

むかしは、庚申信仰といって、人の体内には「三戸の虫(さんしのむし)」というお化け虫がいて、その虫が、庚申の日の夜に(人の睡眠中に)天に上がって、その人の悪口をいいつのる。それを避けるために、庚申の日には、睡眠を避け、夜遊びにふける、という風習がありました(平安お貴族の夜遊びにつながった)。

以下参照

こうしんしんこう【庚申信仰】

  庚申の日に徹夜して眠らず,身を慎めば長生できるという信仰。
[中国]
 庚申の信仰は,晋の葛洪(かつこう)の《抱朴子》に,人間の体内には三戸゜(さんし)がおり,庚申の日に天に昇って,寿命をつかさどる神に人間の過失を報告し早死させようとすると記すことに由来する。くだって梁の陶弘景の編纂した《真誥(しんこう)》には,庚申の日に,夫妻は同席せず,終夜,尸鬼の警備にあたるべきことが説かれ,北周の《無上秘要》には,この日,昼夜,清斎して神を思えば三尸は天に昇って人の罪状を告げることができないと述べている。  (出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典第2版

上記のように、「三戸の虫」というのが悪さをするので、寝ないで、その虫が動くのを防ぐ、のもよいのですが、「三戸の虫」というのは、ふだん私たちが悪さや行儀の悪い思いを抱いたり(人の悪口、人への嫌がらせなど)すると、その体内にいるとされる(たぶん人の魂の中には(おみたま)そのような悪さを告げ口するお役目を担った魂 がおられるので、その方は普段は堪えに堪えておられるので、たまには(それが庚申の日の夜、みんなが寝静まってからソロリソロリと抜け出して、天界の神様に訴える(涙ながらにに)))すると、「天一天上神さま」に『この人はこういう悪いことをするのですぅう、』と訴え出る。すると「天一天上神さま」は、下記の台詞は本当にあったお怖いお話。 

「お前の入っている人はそれほど悪い人なのか?」 とお尋ねになられる。そこで、

「(消え入るように)、いいえ」 と答えればその人の命は助かる、が。もしも 、

「(大声で堂々と)はいっ、そうなんです!」 と、云おうものなら、その日のうちにその方は死ぬ、という伝説があります。(庚申塚、とはそのような死に方を庚申の日になされた方を悼んで建てられた塚、です)。

わたしがいま、生かされているということは(けっこう恥をしのぐこともしてきたのに、)、どれほど「天一天上神さま」へのご報告の際にかばわれているか、ということにほかなりません。なので、わたしは今世、あとの余命は(五十年ほどあるそうです。ぷぷっ。にっ。)自分の「魂(おみたま)」に捧げる覚悟です。(自分の魂の目的をお知りになりたい方は、ぜひ、こちらへ→http://www.hiroyo-z.com/) 。

きょうもよいお日柄、おひがら、のお日柄いう漢字に「柄(え)」という字が使われているのは、偶然ではありません。お日柄もよくは、その日の幸運を汲む柄つきの柄杓でよく汲む、という意味です。

ちょっとだけ続きです。

上記の「天一天上神」と「三戸の虫伝説」をくっつけたのは一部百科事典によると、『道教説』となっていますが、違います、そうです。くっつけた張本人は、なんと『行木』という中国の偉いお坊さんで、歴史上は名を消されていますが、日本では『行基』と名を変えたそうです。(これからホントかどうか調べてみるわ、わたしひろよhiroyoです)。

で、結論編。

「9月3日~18日までの天一天上」日、というのは、上記の『三戸の虫』が『天一天上神さま』に、[告げ口しにいかない!日]の日数のことを云います。皆さま、(このブログを) よく読んで、よく考えて、ご自分の[告げ口しないおみたま(魂)]に感謝なされてください。

ではまた。ひろよhiroyo拝。                         

 

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