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2017年9月 9日 (土)

重陽の節句に思うこと、ひとつ。

                重陽の節句に思うこと、ひとつ。

Photo_2               真綿のきせわた、をしていない菊花。

お花を献じると良いことがある。というのは、ほんとうです。このお花を急遽(高級花屋さんへ電話で注文したら)、見事な色合いのお花が届きました(勝手に届くわけではなく、お電話で注文した)。本日は重陽のお節句です。上記のお花は、ピンクの桃色ですが、本当は黄色の大ぶりの菊花に前日より「真綿(絹の綿)」を被せて、菊花の香りを移し、九日の重陽のお節句に着る絹の衣装に聴くの香りを移しつつ、夜も更けてから(といっても夜の10時、11時ではなく、日が暮れてから、の表現の方がいま風)、菊花酒を楽しみつつ、来年も生きているだろうか、と、今よりも(現代の長寿の時代ではないので、お貴族様といえども、日夜、命の不安を感じた時代の風習として、多くの人に喜ばれた、長寿を願う「重陽の節句」です)。

さて、このお話を書くきっかけは、元・家人より聞いた話が元でした。何でも、世の風靡に「お花で開運」なる氣學が存在し、なんでも、その日の吉方位に出かけていって、インスピレーションだけでお花を買うと、どんどん良いことが重なるそうです。

この話しを信じつつ、聞いたことひとつ。

インスピレーションで選ぶ。ここが肝心。インスピレーションで選ぶと、その方の、そのお花を気に入る、気に入らない、はまったく頓着していない。

これが肝心(皆さまもお忘れなきように)。

頓着していないので、

たとえば、女性かそのように選ぶと、そのお花は、その方(女性の場合)が失くした『大事なおみたま(魂)』がお花で帰って来たことを示します。

帰って来た『おみたま(魂)』は、お花と一緒に戻れて、嬉しくなり、はしゃぎますから、その方の運はどんどん上昇するワケです。

どうしても一緒にいたい、と願う『魂(おみたま)』が、神を狂わせる。一緒にいたいので、と先に条件を出してくる。条件を出さずに、条件をクリアすればよかった。そのワケは、一緒にいたかったら、その『魂(おみたま・おみたまの霊体も含む)』の御方が云うことを、いちいち、いちいち、きけばよかった。いちいち、きけば『おみたまの御霊体』はすぐに戻られた。戻られた御霊体のおみたまは、まさか、連れ戻されるとは思わなかった、と仰せになるほど、あっけなく、静かに、清かに、なくなっていく。なくなったおみたま、が元にもどられる方法(寶賽料は要相談)は、わたしに聞いてください。

Photo_7  京菓子司「松弥」製『きせわた』という「きせわた」をした御菓子。

上記画像の写真は重陽の節句の前日に行う『きせわた』を模した御菓子です。人から離れた『魂(おみたま)』はお花で帰ることがおおいので、お花に真綿を被せて、絹の綿に乗り移っていただきます。そして、それを懐にれておくと、衣装の絹をつうじて、人の肉体へと乗り移られていきます。戻ってきてくだされたことに心から感謝して、ともに『上等のご飯』を頂きます。(男子は女の子が帰ってきたことを喜び、菊花酒などを食します。この場合、当の男子はこの日帰って来た女の子のみたま、が、自分の過去世なのか、過去世に由来しているのかは解ったいませんが、花で帰ってくる女の子のみたまの中には、とんでもない恨みをかった婦人のみたまであったり、その逆も、あるのです。ふふ。)。

上記の御菓子の色でわたしはわたしに帰って来てくだされた『魂(おみたま)』の生存の状態がよくわかるので、事態がよくのみこめてから、神さまに願いました。

どんなときに人から大事な『魂(おみたま)』(ヒトの体内にはたくさんの『魂(おみたま)』がおられます)、が離れるか、は次の条件のときです。

・ウソをついたとき(うその定義は天一天上神さまと天照大神さまが判定なされます、ので自分のアタマだけで納得すると危険)。

・ご守護のいうことをきかなかったとき(ご守護からのサインや信号はいたるところに現れる)。

・この世にいる人間の中で、家族のなかで、「離れたくない人」のいうことをきかなかったとき。

です。

上記のことがあると、天一天上神さまは、

「そなたには、この者はいらぬのであろう、」

と、瞬時に、しずかに、その方から大事な『魂(おみたま)』を(たとえご守護であっても)、抜いて死別、させてしまいます。

または、時間をかけて(離れたくないと思っているのにウソをついたり、いうことを聞かなかったり)のお相手をあなたから遠ざけてしまのを、わたしは(今では)知っています。

『重陽のお節句』とは、このような命と会うことができるお節句です。

本文は、2017年9月9日(土曜日)に記したものを、翌9月10日(日曜日)に、加筆訂正したものです。

ひろよhiroyo拝。

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