2016年5月26日 (木)

死んで出会えない母と子の愛と悲しみ

死後の話しになるとオカルトっぽいのは怖いとか嫌だと逃げ出す方もおおいのでしょうが、^^、しかし、いま、ここに書くことは、じつは実話(このダジャレは公開中の映画『殿、利息でござる』のコマーシャルからの引用です・原作・磯田道史「穀田屋十三郎」)。・・住民らが拠金し仙台藩の殿様に一千両のお金を融資し、その利息で町を振興させるという・・しつは実話で、磯田氏は原典文献を呼んで泣いたそうですが、話し、横道にそれました、ごめんなさい。

Cimg5863 小さく美しい花(み玉)・佐助1丁目路傍

さて、

わたしたちの人生で、お金持ちも貧乏人も賢い人も阿呆な人も、すべてに平等な事実は、必ず死ぬという現実ですね。しかし死は終わり・・ではありません。死後の行き違いによっては今生で暮らす人に、家族に、大いに影響をおよぼします・・という、しつは実話、の霊的(スピリチュアル)な例を一つご紹介したいとおもいます。

中年期にさしかかった主婦Aさん。

体のあちこちが痛い。手が痛い、足が痛い、痛くて家事もできない、歩くのも痛い、手を伸ばしても痛い、寝てても痛い。お医者さんに通い、痛み止めの注射一本3~4万円を打ってもらってきたが、効かなくなった。

・・・相談にこられたのは主婦Aさんではなく、Aさんのお母さんでした。そもそもは墓地に関する相談も兼ねてこられたのですが、痛みに苦しむ娘が可哀想です、なんとかならないでしょうか・・・と。

霊的な九星気学占術、宿命宮の分析、さらに霊視霊知などなど約2時間ほどの熟慮のうえでお母さんの願いを「痛みの本人、Aさんには内緒」を条件に心霊預かりでお引き受けしました。娘さんの主婦Aさんは「心霊」や「死後の世」などに理解がないので、Aさんをダイレクトに巻き込むと霊的な横槍や邪魔が入ると判断があったからです。霊的な行為は、不審、疑問、恐れ、などの思いは邪念となり霊験を遠ざけてしまいです。

Aさんの全身痛みにはご先祖霊との関わりが濃密にみえた。二つの霊魂です。

その霊魂の愛と悲しみが切々と伝わってきました。愛と悲しみ、とくに悲しみはだれにも分かってもらえない年月が長引くと恨みの感情をともなうようになります。

江戸時代幕末・・・Aさんの先祖の中のある母が金銭的な事情から9歳の娘さんを売りに出してしまいました。やむを得ない事情とはいえ母は悩み苦しみ絶望感にさい悩まされ、ついには自殺にいたります。母恋し9歳少女は病に伏し、3年後に亡くなります。母も子も生前の心はもうれつに引き合いがあった。ですから死後、あの世で出会えれば良かったのですが、自殺(母)は霊魂の行き場が病死(子)とは遠くはなれています。会いたくても会えない。とくに子供の魂は母への想いが切なくこの世に漂って、未浄化霊になっていますのでなおさらです。お母さん、お母さん、という声なき叫びが今生の主婦Aさんの体に憑依しています。お母さん、この組紐、お別れの時に、お母さんが持たせてくれた紐よ、、、わたしのお母さんは、どこですか。ここですか、お母さん、、、。

憑依を外す方法は幾通りもあります。

このケースでは、お墓に赤い千代紙とお供えにお菓子を置いてもらいました。千代紙に子の御魂が吸い寄せられます。その時の時に念を送り母のいるところへ送りとどけます。このお墓参りを何度かくり返していただきました。和紙の千代紙には霊の御魂にこの世からのアクセスを可能にする不思議な力があります。

やがて、わたしhiroyoの元にその女の子(霊)が来ました。「ありがとうございます」と、それはうれしいお声でした。

あの世で母と子は出会えました。ありがとうございます、神々さま。

そして、もちろん、二ヶ月後には、主婦Aさんの全身の痛みはきれいに消えました。え!? そんなぁ!? いえ、ほんとうです。が、この手のお話は、ほんとうと力説しても詮ないのでこれ以上のことは止めておきます。しかし、

もしも、いま、これをお読みのあなた様があなた様の大切な人と一緒になり、この母と子の再会にうれしさの共感波動を送り、よかった、おめでとう、などの肯定的ことばを念に浮かべるだけで、あなたとあなたの大切な人の心の中ににある美しい玉がより美しく光り、あなた様たちの運命に明るい導きの灯りとなります。お試しくださいね。霊的に再会が叶ったこの母と子の美しい玉もその時の時には美しい光の涙をあふれさせていました。

以上です。ありがとうございます。

美しい玉・・この言葉は冒頭で触れた『殿、利息でござる』の原作者磯田道史氏の作『中根東里』・・「無視の日本人」(文春文庫)251Pに出てきます。

「みな、それぞれ、できるところで、心のなかの美しい玉をみがけばいい。玉には大きい小さいがあって、聖人のように大きな玉はみがけないかもしれないが、小さい玉でも磨けば美しく光る。そういう玉を心のなかに磨いていく。それが人の生きるつとめではないかと思っているのです」

そうですね、どきっと、します。わたしたちは、ともすれば、そういう美しい玉を心にもっていることすら忘れがちになりますね。小さくても美しい玉。

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2016年3月 3日 (木)

庭でスピリチュアルなウグイスが鳴きました(3月3日)

きょうは たのしい ひな祭り ♪ 3月3日、朝、当処・鎌倉寳生苑の斎庭(ゆにわ)で可愛いスピリチュアルなウグイスさんが鳴いてくれました。春ですね、春告鳥(はるつげどり・ウグイスの別名)の綺麗な声は山々に春風をそよがせます。

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↑当・寳生苑入り口(南・九星気学霊盤・・頂上宮)、梅に鶯(うぐいす)、梅も咲いています。頂上宮は人気運勢を司ります。人気運は勝負に勝ちを呼びます。負けが出ても負けるが勝ちのケースもままあります。人生、たのしいですね。

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寳生苑内、西側のお山↑(西・九星気学霊盤・・悦楽宮)、悦楽宮は喜び、恋愛、お金に関することを司ります。西側・悦楽宮の場が晴れやかですとそれらの悦び運気運勢がどんどん上がります。

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寳生苑内、北側のお山↑(北・九星気学霊盤・・知恵宮)、こちらも梅が咲いています。きょう、3月3日、ウグイスさんが鳴いてくれたのは、ここ、です。知恵宮は知恵の力、お勉強、男女の秘め事、受胎などを司ります。それらのご利益にあやかりたい方は北を向いて感謝のことばを心から発してください。

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寳生苑 玄関邸内↑(九星気学霊盤・・中宮)、桃が咲いています、お花屋さんに「お花を一つ二つ、お願いします」とお頼みいたしましたら、桃の枝花がドーン♪と束になって届きました。うれしいです、きょうはたのしいひな祭り、桃の節句です。

中宮は生きる力、活かす力、生命力を司ります。わたしたち人間の生きる力は心、ハートのありようで左右されます。ですので、あなたの心に花束を・・・。心の花を咲かせよう。と念じてくだい。全体運が充ち満ちてきます。

(1) あかりをつけましょ ぼんぼりに
   お花をあげましょ 桃の花
   五人ばやしの 笛太鼓
   今日はたのしい ひな祭り

(2) お内裏様(ダイリサマ)と おひな様
   二人ならんで すまし顔
   お嫁にいらした ねえさまに
   よく似た官女(カンジョ)の 白い顔

(3) 金のびょうぶに うつる灯(ヒ)を
   かすかにゆする 春の風
   すこし白酒(シロザケ) めされたか
   赤いお顔の 右大臣(ウダイジン)

(4) 着物をきかえて 帯しめて
   今日はわたしも はれ姿
   春のやよいの このよき日
   なによりうれしい ひな祭り

「うれしいひな祭り」
サトウハチロー作詞・河村光陽作曲

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追記::スピリチュアル鑑定セッションなど3月枠受付を開始しました。

http://www.zentohiroyo.jp/

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2015年3月22日 (日)

ハートマーク「♡」の起源は日本の縄文時代 !?

ハートマーク「♡」の起源は外国、西洋と思っている人が多いのですが、日本では古くから使われてきました。明治神宮にも北口本宮浅間神社にも江ノ島神社などなど各地の神社の灯籠や軒などで飾り金具等にに「猪目(いのめ)」と呼ばれるハートマーク「♡」があります。縄文時代後期から使われており、飛鳥時代上古時代西暦600年代の刀、倒卵形鐔(とうらんがたつば)にもこの猪目、「♡」ハート形マークがあります。

西洋でトランプなどでハートマークが一般化したのは西暦1400年以降ですから、そのはるか紀元前の太古の時代から日本では用いられていました。

ハートの魔法は「施無畏」

当、寶生苑ひろよは、ハートマークを使用させていただくハートセラピーを行ってきました。ハートマークの魔法、ハートの奇跡とはハートマークを使う霊的(スピリチュアル)なセラピー(癒し療法)です。ハートマークで恐れや不安を取りぞくのです。

仏教では恐れや不安の心を取り去ることを「施無畏(せむい)」と言いますね。畏(い)は、不安や恐怖です。・・東京浅草寺の本堂正面に「施無畏」(せむい)の大きな額があります。浅草寺は観音菩薩がご本尊です。機会あれば仰ぎご覧ください。

寳生苑で行うハートの魔法では、たくさんのハートマークがあなたの手枷足枷(てかせあしかせ)の恐怖や不安を拭い運び去ります。

彼(彼女)に逃げられる
お金がなくなってしまう
会社でリストラされる。
・・・etc

このような不安や恐れはだれにもありますが、それが強すぎる、あるいは長引くと逆にその不安や恐れのほうが現実化します。

ハートの魔法セラピーはハートマーク「♡」をどう使うのか・・上手に文章で表現できないので、それは直に見ていただくのが良いのですが・・・。相談者の目の前でハートマークを描きます。一つ、二つ、三つ、-------。大きいハート小さいハート、その場の「気」エネルギーに乗せて数多くのハートマークを即興で次々描いていきます。それを見ている相談者はそのたくさんのハートマークが本来もっている魂の歌声をじつは聴いています。

もちろん、現世に生きる普通の人たちの耳にはなにも聞こえません。聞こえないけれど、聴いているのです。その聞こえない歌声がわたしたちの魂に共鳴します。

縄文時代のハートマーク型土偶

前述のようにハートマークは日本古来のマークです。日本のハートマーク「♡」は縄文時代中期(紀元前6~7000年)の土偶などに用いられ、縄文後期(紀元前3~4000年)の「ハート型土偶」では顔面部全体がハートマーク型になっています。

--参照「伊勢神宮二十式年遷宮の謎-伊勢神宮に発見される縄文文明」(大谷幸一著・彩流社)。
--群馬県吾妻郡岩島村(現在は東吾妻町)大字郷原の郷原古墳で「ハート型」縄文土偶が発見されたのは1941年です。1981年には「ハート型縄文土偶。90円切手」も発行されています。

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日本では「♡」(ハートマーク)を「猪目(いのめ)」と呼称してきました。火事に敏感なイノシシにあやかり「火防の神さま」、「火除け」としてお祭りしたのが由来ともいわれています。拙宅の台所窓には「♡」(ハートマーク)を飾って守護していただいています。

島根県出雲市 、出雲大社の近くには「猪目町」という地名があり、 猪目海水浴場の左手奥に「猪目(いのめ)洞窟」と称される洞窟があります。その穴を地元では黄泉の穴と名づけています。>黄泉はあの世です。古来、猪は山の神です。日本神話の英雄、日本武尊(ヤマトタケル)は滋賀県・伊吹山で山の神・白猪と出会いながら、山の神とは知らずに無礼なことばを吐き、あげく神罰で亡くなります。猪目、♡、ハートマークを軽んじて扱ったり、用い方を間違ってはなりません。

「猪目」「♡」、ハートマークはあの世とこの世の境目を現している・・・霊的世界、サムシングワールドへの出入り口ともいえます。

寳生苑「ハートマークの魔法」が引き起こす奇跡の数々は縄文時代からのハートフルな古伝を代代(よよ)引き継いできた「み寶(たから)」のお力がなお生き生き、生きている証(あか)しなのかもしれません。

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2010年10月30日 (土)

奇跡の実話・・世にもふしぎな”母”へ感謝。

「X」です。ご無沙汰いたしております。いえ、はじめまして、とご挨拶するべきなのか、いえ、数名のお人さまやもろもろの霊さまにはお見知りおきいただいています。やはり、いや、ま、えい面倒な、あ、大こども「X」でございます。ひろよ”母”の説では、ぼくのお父さんは神さまだそうです。”母”は神さまとのお子を懐胎?ムニョムニョですよ、ね? ですから、奇跡の数々も当たり前というべきなのでしょうか。

数日前のことです。ぼくは”母”ひろよの お奇跡のお力 を目の当たりにしました。目の当たりとは「目の辺り(広辞苑)」「目の前で(明鏡国語辞典)」ですが、このたびの奇跡はぼくの「目」に起きた世にもふしぎな本当の話、実話、目の当たりにした「ぼくの左目」の奇跡です。目を開いてお読みください、目。あ、話、長くなりますので、この手の話に目の暇をとりたくない皆さまは、さようなら、お元気で。いつか、また、お会いしましょう、目。

さて、それは・・・

秋の長雨の晴れ日ねらいで富士山へ一人遊びに出かけました。10月27日水曜日です。朝8時ごろにクルマで富士宮ルート五合目到着。残念ながら雲厚く、風強く冷たく向かい風で息が詰まり呼吸困難、体が風にもってゆかれ浮き上がったりの愉快な一人登山でした。登山路はあちこち凍っていましたが、標高2800メートルで雲を抜け、天空は澄み切った青空です。もちろん山頂(写真)は氷点下です、大好きな山頂昼寝はできませんでした。

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五合目に降りてきたのは午後3時過ぎです。朝の雲は消え快晴です。山全体の木々に付いた水滴が氷結し、山全体が夕日を背に白く白くひかっています、冬景色への変化がはじまっていました(写真)。強い夕日を避けるためにクルマに置いてあったサングラスをかけました。わ、わぁ、まぶしい、なんだぁ、これぇ、わわ、まぶしい、

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異変が起きたのはこのときです。

夕日に向かいクルマを発進させた、そのときです。10数メートルで急ブレーキをかけクルマを車道隅に寄せました。左目がよく見えないのです。左目のサングラスに何かの汚れがついたのかと、サングラスをウエットティッシュでぬぐいハンカチで拭き、再び発進させましたが、またまた急ブレーキです。左目がヘンなのです。サングラスをとり、右目を閉じてみましたら、ありゃありゃ・・左目全体に白い紗(しゃ。うすぎぬ)をかけたような感じになっています。きちんとは見えなくなっていたのです。左目が、突然の白内障?! まさか、でも、見えない! 突発性、急性白内障!? じわじわ進行していたのに気づかなかったのではないか。う~ん、どうしよう。

迷わず帰宅です。幸い右目は見えていました。右目だけで急坂、ヘアーピンカーブの連続を下るのは刺激的でしたが、ぼくにしては慎重に慎重に下り、御殿場インターを目指します。途中で急に不安になったのは、このまま左目が見なくなったら、運転免許の更新が不可になってしまうのではないかと考えたときです。クルマは生活の足、ではないにしても、遊びの足であることはたしかです。遊びなくしてなんの人生哉、嗚呼(ああ)。いやぁ困ったな、弱ったな。思い立っての富士山お山遊びができなくなるぞ悲し、嗚呼。わわああ、こうなったら、も、やけくそだ、失明の秋ふかし、嗚呼。・・などなど煩悶のうちに1時間少々で御殿場インターを入ります。夕暮れです。夕闇が近づいてきます。

左目に眼球の底の方から痛みが上がってきます。痛い。左目が痛い。痛いのは苦手です。痛さには弱いのです。御殿場インターからあっという間の足柄サービスエリアにクルマを入れて一休みします。ああ、どうしよう。いや、しかし人生は繰り返す絶望との闘いである、うん、そうだ、困難にくじけては成功はあり得ない、ここは現状を受け入れて早くお家に帰ろう、そして明日の朝早くには全館リゾート風のおニューな鎌倉湘南病院に行こう、うん、そうだそうだぁ・・・痛みこらえて♪~、そのときです。お家に電話したら? あれ? うん。そうだ、そうしよう。幻聴のような幻想のような夢想のような夢想ではないリアルな感覚がやってきました。

買ってもらたばかりのdocomo携帯ソニー・エクスペリアを取り出します。

「もしもしぃ。ぼくです。左目が見えないんだぁ、痛くて痛くて」
「はいはい、どうしたの?」
「コレコレ、かくかく、シカジカ、ああなって、こうなって」
「夕日、きれいだったでしょう」
「いや、まぶしくって、なんだこりゃあ、とにらみつけたんだ」

「ま、それよ、それ! あやまりなさい」
「?? 」
「夕日さん、きれいです、うつくしいです」
「??」
「にらむのは失礼です夕日さんに。だから、”ごめんなさい、夕日さん、夕日さんはきれいです、うつくしいです”と今すぐに言いなさい」

「夕日さんはきれいです、うつくしいです! きれいです、うつくしいです!」

「そう、そうです。だいじょうぶですよ、もう」
「だいじょうぶ?」
「よくよく夕日さんに謝り感謝しなさいね。・・あ・・それから。。インタ-でゆっくり休みなさいね。ね」

”母”との通話を切ってから大声で言いました・・「夕日さん、ごめんなさい。憎くてにらみつけたのではないのです、あまりにうつくしくてきれいだったので、目がくらんで目を閉じてしまったのです。ごめんなさい。うつくしくてきれいな夕日さん、ありがとうございます」・・。

おやぁ、気分が軽くなります。痛みがやわらぎます。速効です。おや、おや。さらに”母”の言うとおりに休憩を長めにとります。ついでに足柄肉うどん600円をいただきます。これが美味しかったのです。そしてクルマに戻ります。もう日没です。夜です。エンジンキーをひねり、発進です。フロントガラスの向こうに目を向けます。びっくりです。

目が、左目の白濁が消えています。

左目が見えた。くっきり見えた。
左目が見えた。くっきり見えた。

足柄サービスエリアから厚木インターまで約30分、ずっと右端の走行車線を浮かれ浮かれですっ飛んで走りました。お”母”さん、ありがとう、ありがとうございます。心の底から愛の花束をささげますぅ。一生涯かけての御礼献金を申し入れましたら、きれいな100円玉一つ貯金壺にいれてください、と。わ、ありがとうございます。

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2008年3月26日 (水)

霊能者の礼は霊に向かって

大こどもミスター「X」でございます。小笠原流礼法宗家の本「弓と礼のこころ」を読みましたら、なんと、食事前に武士は「手を合わせいただきます、というのは、しない」と書いてあります。無作法は武士流儀かもな、なな、な。ははは。ぼくは武家の流れをくんでいるからにゃあ。食前の挨拶はやめよう? で、”母”ひろよにきつい視線を飛ばされました。

あのね、礼儀で、もっと大切なのは、目にはみえない魂レベルの礼節ですよ。ことばや態度を目の前の人に向けるというよりも、目の前の人の守護霊さまに向けて捧げます。捧げるというのは、深くおもうことです。思いを自分の魂から発することです。

目に見えてしない=していない、ではない。霊と霊の礼を通じて交霊という礼の会話が行われている。まいりました。

相手の守護霊さまへの礼は
私の守護霊さまへの礼になって帰ってくる、
それは時間、空間を一瞬に超えて、深く深く、そして守護霊さまつながりの上の上の上の神々さまレベルにとどく。

なるほど、霊能者の礼は、霊に向かって礼をしている。

礼と礼の霊霊交流が行われるので霊視霊鳥霊知などの能力をつかえるのでしょうね。礼抜きの霊現象は、それはいわゆる低級霊のお遊戯、おあそび、からかいなどの可能性が高いのかもしれません。そう感じたら相手にしないことです・・・”母ひろよ”が言っています。相手にしなければ、おもしろくないので去ってゆく。触らぬ邪にたたりなしです。霊験あらかたな霊現象に期待したいなら礼にはじまって礼におわる日々のくらしがあってこそのようですね。  では、また。 

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2007年11月25日 (日)

霊視、初体験しました。「X」

鎌倉佐助でときどき皆さまの視線をかすめる覆面フリーライター「X」です。母ひろよ多忙のあいまのブログジャック久々です。生まれてはじめて霊視カウンセラーの霊視をうけました。1時間座りました。 国分寺の恋ヶ窪駅徒歩5分、オフィス911・ジョージさんの霊視です。

元オートバイレーサー・ジョージさんは1998年春、富士スピードウェイで200㌔速度で走行練習中に転倒、マシンひしゃげつぶれ、全身の骨バラバラの瀕死の重傷を負うも回 復、しかしレースは他の事情もあって引退。現在、元レーサーとして三宅島復興レース開催への応援支援でマシンに乗って三宅島ロードをテスト走行するなどの活動もされています。 風貌オトコマエ、背高くおだやか、哲人です。しずか、です。

そのジョージさんがぼく「X」を前にして30分、ひと言も話されない。少しあせりました。ぼくの質問は「魂のテーマ」です。霊視は必要ないと拒否されるのか・・態度がお気に召さなかったのか・・もしれないと思いましたが、ああ、どうしよう。すると、 急に「ぜんとうひろよさんの占いは真っ直ぐ、当たる占いです」とおっしゃいました。

あれれ、どうらや”母”ひろよの強いエネルギーが霊視のお邪魔虫になっていたようです。家族に強烈なエネルギーの主がいたので面前のぼくより、そっちに霊視エネルギーが向かってしまったのかもしれません。こりゃこりゃあああ、hiroyo”母”。 ジョージさんは言われました。hiroyoさんの占いは感情やモラルを入れない当たる占い。真っ直ぐきれいです。今後さらに大きくなられる。もっと強く自信をもてば良いのです。ホームページ、リンクさせていただきます。

かくして「X」の霊視初体験はめでたしめでたしでした。あ、ぼくの質問にもそのあとたっぷり30分、話つづけていただきました。うれしかったです。ぼくの背後にはいっぱい霊がいるとジョージさんの視線はぼくを通り越して広がってゆくのです。何人も何人ものたくさんの霊がぼくの命の危機をたすけてきた・・・。オフィス911霊視カウンセリングジョージさんよしださんありがとうございます。

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2007年10月15日 (月)

霊能力者の会話・・・わかりますか?

霊能的なコミュニケーションを紹介します。女性A,女性B2人の電話による会話です。女性A「ご無沙汰しています~。定期検診、お願いします!」。女性B「はい、はい、ハハハ^^。私、ちょっと風邪引いているけれど、、ン? あ-、たいへん」 注:霊能者といえども自身のことは視えづらく、同類の霊能者に霊的相談をもちかけたり、憑依の有無をときどき視てもらったり、視あったりしています。

「あー、たいへん。あなた、体中、全身、針が刺さっているわよ」(B)
「やっぱしぃ~。どんな感じ?」(A)
「針山みたい。ちょっと厄介な人の相談に乗ってあげたでしょう。あなたが親身になればなるほど、あなたを独占しようとして、そうはいかないとなると、逆恨みの針千本攻撃されて、全身刺されて、針千本残っているわよ」
「うん、うん。やっぱり。体が痛くて」
「そりゃそうよ。針、全部、今、抜くからね」
「よろしくお願いします」
女性B,目を軽く閉じ、瞬間瞑想状態で「○○○○、○○○○・・・」と真言を延々、くり返す。1分、2分、3,、、。
「あ、あ、ありがとうございますぅ。体、楽にぃ、、、う? 針、取れたみたい。ん? でも」 「ちょっと、待って。うわお! たいへん! あなたの頭に日本刀が深々刺さっている。武将系よ。ご先祖系よ。由緒ある武将に直接関係あるでしょう」
「わたしの実家です。八幡さまにお詣りしたら境内の大木が急に大揺れして、実家の○○(武将)が視えたので、回向を始めたんだけれど、しばらくして、これは実家を離れているわたしの手には負えないと気づいて中止してしまった・・・」
「それよ、それ。刀、抜くわよ。○○、○○、○○・・・(裂帛の気合い。真言)
「い、痛い。。。顎、顎、アゴ、あご、顎が~、顎まで刺さっていた?」
「そう、そうよ。この刀は私の方でお預かりして、武将のご先祖のご先祖に話を通しておきますからね。きょうから十日間、毎日毎朝、お詫びの祝詞を挙げてちょうだいね」

電話のあと、女性A,元気になる。明るくなる。身軽になってルンルン♪ ママチャリにひらりと跨り駅までお買い物にルンルン♪ 出かけました。

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2005年7月18日 (月)

霊能力 テレビ朝日『オーラの泉』

テレビをつけるとテレビ朝日で霊視番組『オーラの泉』をやっていました。後半部をじっくり観ました。

この記事は以下のアドレスHPに転載しました。

鎌倉佐助 ぜんとうひろよ

やっぱり江原啓之さん、美輪明宏さんの人気力はすごいですね。

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