2008年5月22日 (木)

神さま仏さまの応援をいただく方法

滋賀京都方面への出張でご無沙汰失礼いたしました。占師ひろよでございます。京都では浄土真宗ご開祖・親鸞さまのお墓参り(大谷廟)をさせていただき気合いも新たに仕切り直して新幹線新横浜経由で鎌倉佐助の日常に戻りました。

さて、 で、さっそくですが、きょうは幸運の神さま仏さまとつながる第一歩初心者向け”簡単””誰でもできる”方法をお知らせいたします。

誰でも簡単などと言っては親鸞さまにお叱りをうけそうな、、親鸞上人は生前の夢告では聖徳太子のご縁があらされます。明治天皇より見真大師(けんしんだいし)」の諡号を追贈されておられます。でもでも、親鸞さまは、誰でも簡単に、唱えることができる「南無阿弥陀仏」のみを念ずれば良いと・・おっしゃたのですもの、ね、、。

こむつかしい理論よりできることを実際に行えばいいのです。 それはともかく、 ですので、まず、あなたが夢中になれること、したいことを書き並べてください。・・そんなもの思い浮かばない・・そんなことはないはずです。 ちなみに、わたしhiroyoが書き並べたのは、「草むしり」「お裁縫」「占い」「お料理」「お掃除」、でした。

書き並べたうち、すぐにでもできることを、できるだけすぐに、実行してください。15分以上30分くらい、興にのれば時間をいくらかけても構いません。わたしは諸般の事情あって翌日になりましたが、30分「草むしり」をしました。草むしり大好きなのです。至福の時をすごせます。至福ロードを駆ける夢の乙女の心地・・夢中なひととき。 この至福、この夢中・・が大切なのです。いまこのまま、いまこのとき、過去でもない未来でもない今この瞬間に熱中している幸福の傍に神々さま(天使さま)が近づいて来られるのです。

意識過剰になっては至福の時が途切れて神さも遠慮されます。 ただ、ひたすら大好きなことを15分以上行う。

それだけです。 ただし、それが”幸運の神さまとつながる”方法であることを知って行ってください。目的の不明な行為より、目的を知っている行為のほうがはるかにいい結果を生みます。もう一点、その至福の時に、時折、頬笑んでください。頬笑み・・頬で笑う、頬の肉をやや上に上げて頬で笑います。大声で笑うとヘンなので頬笑みます(笑)。

あとは、待てば海路の日和あり、です。いつのまにか、あなたの人生に幸運の神さま天使さまがついておられることに気づきます。  では、また。

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2008年5月 3日 (土)

”奇跡”を招く方法・・・結果は神さま

うれしいお便りが相次いで届いています。人の幸福はわたしの波動を高めるおいしいご飯(!)でございます。どうか皆さまもご一緒に人さまの成功という甘い蜜を吸いましょう。お流れいただきましょう 。♪ (他人の不幸は甘い蜜、などと、悪魔の頬笑みに同調して政財界スポーツ芸能などの有名人叩きにはしゃいでいると不運の坂を転げます)。 で、それはさておき、

きょうもあすも小さい奇跡はつぎつぎ生まれています。 あまり書きすぎると怪しいhiroyoと誤解されますのでそうで控えてきましたが、ときには、いいですよねぇ。本当のことばかりです。希望と勇気をいただけます。 もちろん結果は神さまがお運びになられました。 

では、
・おかげさまで後頭部の出血腫瘍の出血が止まり、手術の必要はなくなったと診断されました。
・第一志望から第三志望まですべての大学受験に合格できました。第一志望校のキャンパスに通学しています。
・大嫌いだった夫、数年会話を交わさなかった夫と、笑いあって話せるようになり、家庭の中が楽しくなってきました。
・中古車を買う予定だったのに、欲しかった新車が買えてしまいました。
・脳死判定から一週間後に生体反応が蘇り、脳死判定が取り消されました。
・血管中の中性脂肪が一ヶ月で十分の一に減少した。
・転職に成功しました。
・失職、無職から脱し、日本企業のアメリカ現地法人の社長に就任。
・子宮内膜症で連用の薬がもう不要と医師が。
・アトピーの子どもが・・アトピーが消えました。
・負債七千万円のトラブルが解決、一年ぶりに○○神社へお礼参りに。一年前はおぼろにしか見えなかった境内の風景がありがたいほど鮮明にきれいに見えました。
・派遣の時給がアップしました。

すべての成功は一朝一夕にはならずです。長い歳月を要するケースもあります。ご自身の「こうなりたい」「こうなる」という想念の持続と、「こうして」「ああして」というお陰様からの応援ご指導メッセージを実行なさるご自身の努力の継続があればかならず願いは神さまからの結果として届きます。

元F1レーサー片山右京さんは、願いを実現させたいときは、

「できる、やれる、絶対あきらめない」 と30分間言い続けるそうです。

「自分を信じて続ける人にはいい”氣”がでる。変に計算したり、お利口になるより人間の持つシンプルなエネルギーにこだわりたい」ともおっしゃっています。

きょも、あすも、あさってはあなたの身に、なにかシンプルな変化が起きるでしょう。肩肘張らずにゆっくりたのしく歩みたいとおもいます。では、また。

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2006年7月13日 (木)

美智子皇后 失語症快復の一瞬

このブログ、ココログのサーバ・ニフティのメンテナンス(火~木)のため更新ができませんでした。ご迷惑をおかけいたしました。では、入りますね。ご静粛に。。。と緊張のわたし。。。 文藝春秋07年八月号で大宅賞作家の梯久美子(かけはしくみこ)さんが「美智子皇后と硫黄島 奇跡の祈り」という渾身のノンフィクション作品を発表されています。

平成5年10月20日、突然ことばの発声を失われた美智子さまが、翌6年2月12日、硫黄島のいくつかの場所で戦没者慰霊の祈りを奉られたあと、それこそ不意に「ご遺族の方たちは元気でおすごしですか」とことばを発せられた。

銀合歓の木木茂りゐるこの島に五十年(いそとせ)眠るみ魂(たま)かなしき 皇后が硫黄島で詠まれた御歌です。銀ネムは広辞苑には、熱帯アメリカ原産で日本では南西諸島や小笠原諸島で野生化、と記述されていますが、じつは硫黄島で斃れた約二万の日本兵の遺体を覆い隠すために米軍が上空から大量の銀ネムの種子を散布したのです。梯さんは死臭を消すためだったと記されています。  

慰霊地は今安らかに水をたたふ如何ばかり君ら水を欲(ほ)りけむ 戦没兵士への皇后のふかい悲しみの共有を感じる御歌と梯さんは書かれています。梯さんの文意にもおなじようなおくふかい悲しみの共鳴を感じて読む者のこころの底部の琴糸をふるわせます。ありがとうございます、梯久美子さま。 じつは硫黄島秘話はあの当時にわたし、ひろよの身近なお人に聞いてはいました。もっとびっくりというか、畏怖のお話もあって---美智子皇后が体調を壊されたきかっけは週刊誌による皇后バッシングと言われていたが、そうではない。本当は宮中祭祀での連続する不可知な出来事を目の当たりにされたショックからであった。天皇陛下が宙に浮かれた。

おマエさん見たのかと言われますと困ります。ここまでにしておきます。でも、わかる人にはわかりますので、わからない方は読まなかったことにしてくださいね。で、さらに、美智子皇后の失語症治癒は偶然ではなく、ある能力者の「硫黄島へ」という進言を実施した。つまり霊的(スピリチュアル)には快復は必然であった。

そんなことは科学的根拠のない非科学とおっしゃる人たちが間違っていると言いたいのではありません。わたしたちの暮らしでは一分一秒たりとも科学とは無縁ではおれません。科学のおかげで生きています。ありがとうございます。科学者の発見と営為努力でこの世は快適になってきました。これからもよろしくお願いします。 それを前提に科学とは離れた位置でわたしはこれを書いています。それを前提に上記の梯作品「美智子皇后と硫黄島 奇跡の祈り」に話を戻します。

著作では「斃れた兵士の悲しみへの皇后の悲しみ」によって皇后はこの時代の皇后たろうとされていると思うと結ばれています。 しかし、それだけではないのではないか、人の感情を代表するのは悲しみだけではない。よろこびもあった。皇后の硫黄島御歌の「かなしみ」は、じつは生命の全存在へのかなしみであったかもしれないが、兵士一人一人へ思いを馳せられたとしたら、それは一人一人への祈りにほかならなかった。ふかい祈りはけっして感情の共有や共感の地点でとどまらない。祈りがふかく広く果てのない無限の「かんしゃ(感謝)」として昇華されたとき、この世に生体という物体をもたないあの世戸籍の魂の兵士に祈りがたっします。

感謝であった、というスピリチュアルな傍証は、病状のご快復です。病状はふかい悲しみの共鳴ではざんねんながら治癒しないのです。平たく言えば、同情は同病を増やす。同情は病を感染させるのです。専門的になるのですぐに理解をしていただくことはないのですが、記憶のはしにでも止めて置いてくださいね。 美智子皇后の失語症が癒えたのは、斃れた兵士への「感謝の祈り」であった。ありがとうございます、と皇后さまにまで声をかけられた兵士たちのそのせつなのおもいが、悲しみであったとはわたしにはおもえないのです。そのひと言のおもい、ありがとうございますの皇后さまの祈りの一瞬、それはそれは多くの日本兵たちの魂がいっせいに天へ昇華してゆき、皇后の御身を救った。

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